与謝野晶子詩歌集

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  〔無題〕 
 
来て寝やしやんせ、三本木。 
前の河原に脊の高い、 
青い蓬のあひだから、 
ちよ、ちよ、ろ、ちよ、ちよ、ろと水が鳴る。 
 
来て寝やしやんせ、三本木。 
知恩院の鐘がどんよりと 
曇る月夜に鳴る晩は 
前の河にも花が散る。 
 
来て寝やしやんせ、三本木。 
祇園の夢を見残して 
ひとり千鳥を聞く夜さは 
しんぞ恋路が悲しかろ。 
 
来て寝やしやんせ、三本木。 
あの鳴る鐘は黒谷の 
松に涼しいあけの鐘。 
お目が覚めたぢやないかいな。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
朝顔の花の朝咲いて 
まだ午前ひるまへにしぼむとも、 
わたしの知つたことで無い。 
あなたの恋が尽きたとて、 
わたしが何んで泣きませう。 
わたしの泣くのはいつも一人で。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
唯だ「人」と、若しくは「我」とのみ名乗るぞよき。 
雑多の形容詞を附け足さんとするは誰ぞ。 
大と云ひ、小と云ひ、善と云ひ、悪と云ひ…… 
そは事を好む子供の所為わざなり。 
何物をも附け足さぬはやがて一切を備へし故なるを。