与謝野晶子詩歌集

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  牡丹の歌 
 
おお、真赤まつかなる神秘の花、 
天啓の花、牡丹ぼたん。 
ひとり地上にありて 
かの太陽の心を知れる花、牡丹ぼたん。 
愛の花、ねつの花、 
幻想の花、ほのほの花、牡丹ぼたん。 
コンテツス・ド・ノワイユを、 
ルノワアルを、梅蘭芳メイランフワンを、 
梅原龍三郎りようざぶらうを連想する花、牡丹ぼたん。 
 
おお、そなたは、また、 
宇宙の不思議にへる哲人の 
大歓喜だいくわんぎを示す記号アンブレエム牡丹ぼたん。 
また詩人が常に建つる 
熱情ねつじやう宝楼はうろうの 
柱頭ちゆうとうを飾る火焔模様、牡丹ぼたん。 
また、青春の秘経ひきやうの奥に 
愛と栄華を保証する 
運命の黄金きん大印たいいん牡丹ぼたん。 
 
おお、そなたは、また、 
新しき思想が我に差出す 
甘き接吻ベエゼの唇、牡丹ぼたん。 
我は狂ほしき眩暈めまひの中に 
そを受けぬ、そを吸ひぬ、 
あつき、あつきヒユウマニズムの唇、牡丹ぼたん。 
おお、今こそ目を閉ぢて見る我が奥に、 
そなたは我が愛、我が心臓、 
我が真赤まつかなる心の花、牡丹ぼたん。