与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
善しと人の褒むる物事の裏に 
偽と慢心と嫉妬と潜む。 
そは醜き不純の光なり 
我は身を投げてあらゆる罪悪と悔恨と耻辱とに抱かまし、 
その隠れて徐徐にあらはるるものほど、 
遠空の星の永久に輝く如く、 
純金の錆びず、金剛石の透きとほる如く、 
いつ見ても活活として美くしく好ましきかな 
あだし人のそを罵るも正直に罵るなれば亦美くし。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
彩色硝子の高き窓を半ひらき、 
引きしぼりたる印度更紗の窓紗の下に 
下町の煙突の煤煙を見下しつつ、 
小やかな軽き朝飯のあとに若き貴女の弾くピヤノの一曲、 
東京の二月の空は曇れども、 
若き貴女の心に緑さす 
明るき若葉の夏の色、恋の色生の色。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
たそがれに似るうす明り、 
二月の庭の木を透きて、 
赤むらさきのびろうどの 
異国模様に触れるとき。 
 
たそがれに似るうす明り、 
赤むらさきのびろうどの 
窓掛にもたるわが肌を 
夢となりつゝめぐるとき。 
 
たそがれに似るうす明り、 
朝湯あがりの身をはすに、 
軽く項を抱きかゝへ、 
つく/″\人の恋しさよ。