与謝野晶子詩歌集

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京はもののつらきところと書きさして見おろしませる加茂の河しろき 
 
恨みまつる湯におりしまの一人居ひとりゐを歌なかりきの君へだてあり 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
昨日も今日も啼き渋る 
若い気だてのうぐひす。 
一こゑ渋るも恋のため、 
二こゑ渋るも………… 
おゝ、わたしに似たうぐひす。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
東京の正月の或日、 
うれしくも恋しき人の手紙着けり。 
 
「今わが船の行くは北緯一度の海、 
白金プラチナ色の月死せる如く頭の真上に懸り、 
甲板に立てる人皆陰影かげを曳かず。」 
 
「印度洋の一千九百十一年 
十二月二日の日の出の珍しさよ、美くしさよ。 
輝紅ピンクの濡れ色に 
鮮かな橄欖青を混へし珍しさよ、美くしさよ。」 
 
「二十の旋風器フアンは廻れども、 
食堂のあひも変らぬむし暑さ。 
今宵も青玉色エメラルドの長い裾を曳く 
英吉利西婦人のミセス、ロオズが 
人の目を惹く話しぶり。 
それに流れ渡りの一人もの 
素性の知れぬ諾威人が気を取られ、 
果物マンゴスチインを下手に割れば 
指もナフキンも紅く染む。」 
 
かかることを数多書きて、 
若やかに跳れる旅人の心うらやまし。 
寒きかな、寒きかな、東京は 
霙となりて今日も暮れゆく。