与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
旅順の港に 
堅い防波堤を築くなら、 
せつかく凍らぬ港でも 
潮が動かないで凍りませう。 
君とわたしもそのとほり、 
夫婦の頑固な築石つきいしとならずに 
いつまでも恋する仲で居ませうよ。 
たとへば沖つ浪きらく気ままに遊ぶやうに。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
正月元日、 
鏡餅の傍に寒牡丹一つ開き、 
子供等みな健やかに、 
良人をつとの留守る我家は清し。 
東京よりも寒しと云ふ巴里の正月は如何に。 
歳の暮君は其処に着き給ひしならん、 
君の旅にかずかずの幸あれと 
家を挙げて祝ふ清き正月元日。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
真赤な花のいくさかり。 
透きとほつたる真紅から、 
うす紫を少し帯び、 
さてはほんのり上白うはじろみ、 
また物恨むしつこさの 
黒味に移るいく盛り。 
君よ棄てゆくこと勿れ、 
真赤な花は泣いてゐる。