与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
見しはそれ緑の夢のほそき夢ゆるせ旅人かたり草なき 
 
胸と胸とおもひことなる松のかぜ友の頬を吹きぬ我頬を吹きぬ 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
おお、薔薇よ、 
ゆたかにも、 
うす紅く、 
あまきの、 
肉感の薔薇よ、 
今日、そなたは 
すべて唇なり。 
 
花ごとに、 
盛り上り、 
血に燃えて、 
かすかにわなゝく 
熱情の薔薇よ、 
一切を吸ひ尽す 
愛の唇よ。 
 
その唇の上に、 
太陽も、人も、 
そよかぜも、 
蜜蜂も、 
身を投げて寄り伏し、 
酔ひと夢の中に、 
焼けて咽ぶ。 
 
おお、五月の 
名誉なる薔薇よ、 
香ぐはしき刹那に 
永久を烙印し、 
万物の命を保証する 
火の唇よ、 
真実の唇よ。