与謝野晶子詩歌集

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春をおなじ急瀬はやせさばしる若鮎の釣緒つりをの細緒くれなゐならぬ 
 
みなぞこにけぶる黒髪ぬしや誰れ緋鯉のせなに梅の花ちる 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
淡黄うすきと、白と、肉色と、 
三輪の薔薇、わが手より 
和蘭オランダ焼の花瓶はながめに 
移さんとして躊躇ためらひぬ、 
またと得難き宝玉の 
身をば離るる心地して。 
 
瓶に移せる薔薇の花、 
さて今は是れ、一にんの 
私に見る花ならず、 
我背子も愛で、友も愛で、 
美くしきかな、安きかな、 
見る人々の為に咲く。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
衰へて、濡れたる紙の如く、 
瓶の端にたわめる薄黄の薔薇、 
されど、しばし我は棄てじ。 
花は仄かに猶呼吸いきづきぬ、 
あはれ、こは、臨終いまはの女詩人の如く、 
香る、美くしき言葉も断続きれぎれに…… 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
わが運命の贈りもの、 
恋と歌とに足る身には 
薔薇を並べた日が続く、 
真珠を並べた日が続く。 
 
かよわき身には、有り余る、 
さちも重荷となるものを、 
思ひやりなき運命よ 
なさけの過ぎた運命よ。 
 
多くのさちが贖罪を 
つひに求める日は来ぬか、 
風がの葉を剥ぐやうに 
裸に帰る日は来ぬか。