与謝野晶子詩歌集

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秋を人のよりし柱にとがめあり梅にことかるきぬぎぬの歌 
 
京の山のこぞめしら梅人ふたりおなじ夢みし春と知りたまへ 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
このアカシヤののもとを 
わが今日踏みて思ふこと 
甘き怖えに似たるかな。 
かかる木蔭にそのむかし、 
逢はで止まれぬ初恋の 
人を待ちたる思ひ出か、 
はた、此処に来て、はるばると 
見渡す池の秋の水 
濃き紫の身に沁むか。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
よるは美くし、安し、 
人を脅かす太陽は隠れて、 
星ある空は親しげに垂れ下り、 
地は紫の気に満つ。 
 
神秘と薄明のうちに我等を据ゑて、 
微風そよかぜのもと、 
夜は花のに濡れたる 
その髪を振り乱す。 
 
夜は美くし、安し、 
今こそ小き我等も 
一つの恋と一つの歌をもて 
無限の世界に融け入るなれ。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
大輪の向日葵ひまはりを斫らんとして、 
ぢつと見れば、 
太陽の娘なる花の明るさ、 
軽き眩暈めまひに身はたじろぐ。 
斫りし大輪の向日葵を採れば 
花粉はこぼれて身に満つ、 
おお、金色こんじきの火の屑…… 
君よ、我は焼かれんとするなり。