与謝野晶子詩歌集

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二十はたとせの我世のさちはうすかりきせめて今見る夢やすかれな 
 
二十はたとせのうすきいのちのひびきありと浪華の夏の歌に泣きし君 
 
 
 
 
 
 
 
  朝晴雪 
 
ひと明くれば時は春、 
おお、めでたくも晴れやかに 
天は紺青、地の上は 
淡紫と薔薇色を 
明るく混ぜた銀の雪、 
強き弱きの差別なく 
世の争ひを和らげて 
まんまろと積む春の雪、 
平等の雪、愛の雪。 
此処へ東の地平から 
黄金こがねの色に波打つは、 
身を躍らして駈けのぼる 
若い初日の額髪。 
 
 
 
 
 
 
 
  朝晴雪 
 
おお、此処に、 
躍りつつ、 
歌ひつつ、 
急ぐ女の一むれ…… 
時は朝、 
地は雪の原。 
 
急ぐ女の一むれ、 
青白き雪の上を 
真一文字に北へ向き、 
風に逆ふ髪は 
後ろに靡きて 
大馬のたてがみの如く、 
折からの日光を受けて 
金色こんじきに染まりぬ。 
 
高く前に張れる両手は 
確かに掴まんとする 
理想の憧れに慄へて 
槍の穂の如くに輝き、 
優しの素足に 
さくさくと雪を蹴りつつ、 
甲斐甲斐しくも穿きたるは 
希臘ギリシヤ風の草鞋サンダル…… 
 
さて桔梗色や 
淡紅とき色の 
明るきころも 
霧よりもかろく 
膝を越えて 
つつましやかに靡けば、 
女達の身は半 
浮ぶとぞ見ゆる。 
 
この美くしき行列は 
断えず歌へり。 
その節は 
かすかにかろき 
快き眩暈めまひの中に 
人と万物を誘ひ、 
人には平和を、 
木草には花を感ぜしむ。 
 
女達は歌ひつつ行く。 
「全世界を恋人とし、 
いとし子として、 
この温かき胸にいだかん。 
我等は愛の故郷ふるさと—— 
かの太陽より来りぬ」と。 
 
おお、此処に、 
踊りつつ、 
歌ひつつ、 
急ぐ女の一むれ…… 
女達の踏む所に 
紅水晶の色の香水 
光の如くに降り注ぎ、 
雪の上に一すぢ 
春の路は虹の如く 
ほのぼのとして現れぬ。