与謝野晶子詩歌集

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何となきただ一ひらの雲に見ぬみちびきさとし聖歌せいかのにほひ 
 
神にそむきふたたびここに君と見ぬ別れの別れさいへ乱れじ 
 
 
 
 
 
 
 
 
  温室 
 
広き庭の片隅に 
物古りたる温室あり、 
そこ、かしこ、硝子ガラス亀裂ひび入り、 
塵と蜘蛛の糸に埋れぬ。 
 
棚の上の鉢の花は皆 
何をも分かず枯れたれど、 
一鉢の麝香撫子のみ 
はかなげに花ちさく咲きぬ。 
 
去年こぞまでは花皆が 
おのが香と温気とに 
呼吸いきぐるしきまでに酔ひつゝ、 
ぬか重く汗ばみしを、 
 
今、温室は荒れたり、 
何処いづこよりか入りけん、 
憎げなる虻一つ 
昼の光に唸るのみ。