与謝野晶子詩歌集

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なさけあせし文みて病みておとろへてかくても人を猶恋ひわたる 
 
夜の神のあともとめよるしら綾の鬢の香朝の春雨の宿 
 
 
 
 
 
 
 
 
  花子の目 
 
あれ、あれ、花子の目があいた 
真正面をばじつと見た。 
泉に咲いた花のよな 
まあるい、まるい、花子の目。 
 
見さした夢が恋しいか、 
今の世界が嬉しいか。 
躍るこころを現はした 
まあるい、まるい、花子の目。 
 
桃や桜のさく前で、 
真赤な風の吹く中で、 
小鳥の歌を聞きながら、 
まあるい、まるい、花子の目。 
 
 
 
 
 
 
 
  噴水と花子 
 
お池のなかの噴水も 
嬉しい、嬉しい事がある。 
言ひたい、言ひたい事がある。 
 
お池のなかの噴水は 
少女をとめのやうに慎ましく 
口をすぼめて、一心に 
空を目がけて歌つてる。 
 
小さい花子の心にも 
嬉しい、嬉しい事がある。 
言ひたい、言ひたい事がある。 
 
小さい花子と噴水と 
今日は並んで歌つてる。 
ともに優しい、美くしい 
長い唱歌を歌つてる。