与謝野晶子詩歌集

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とどめあへぬそぞろ心は人しらむくづれし牡丹さぎぬに紅き 
 
『あらざりき』そはのちの人のつぶやきし我には永久とはのうつくしの夢 
 
 
 
 
 
 
 
  秋の匂ひ 
 
秋の優しさ、しめやかさ。 
どの木、どの草、どの葉にも、 
冴えた萠葱もえぎと、金色こんじきと、 
深いべにとが入りまじり、 
そして、内気なそよ風も、 
水晶質のしら露の 
嬉し涙を吹き送る。 
 
秋の優しさ、しめやかさ。 
空行く雁は瑠璃るり色の 
高い大気を海として、 
櫓を漕ぐやうな声を立て、 
何処どこの窓にも睦じい 
円居の人の夜話に 
黄菊の色の灯がともる。 
 
 
 
 
 
 
 
  晩秋の感傷 
 
秋は暮れ行く。 
甘き涙と見し露も 
物を刺す霜と変り、 
花も、葉も、茎も 
萎れて泣かぬは無し。 
 
秋は暮れ行く。 
栗は裸にて投げいだされ、 
枯れがれの細き蔓よりも 
離散する黒き実あり、 
黍幹きびがらも悲みて血を流しぬ。 
 
秋は暮れ行く。 
今は人の心の水晶宮も 
粛として澄み透り、 
病みたる愛の女王の傍ら 
睿智の獅子は目を開く。