与謝野晶子詩歌集

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行く春の一絃ひとを一柱ひとぢにおもひありさいへかげのわが髪ながき 
 
のらす神あふぎ見するにまぶたおもきわが世の闇の夢の小夜中さよなか 
 
 
 
 
 
 
 
  太陽の船出 
 
お日様、お日様、 
若いお日様、 
今日はあなたの鹿島立かしまだち。 
 
正月元日、瑠璃色の 
海になびいた霞幕、 
その紫をすと[#「すと」に傍点]分けて、 
きんのお船に、玉の櫂、 
東の空に帆を揚げる 
めでたや、めでたや、 
おめでたや。 
 
お日様、お日様、 
若いお日様、 
今日はあなたの鹿島立。 
 
金のお船に積み余る 
熱と光は世をぬくめ、 
真紅の帆から洩る風は 
長閑のどかな春を地に満たし、 
そして行手は花盛り 
めでたや、めでたや、 
おめでたや。 
 
 
 
 
 
 
 
  衆議院の解散 
 
衆議院解散の 
号外を手にした刹那、 
わたしは座を立つて 
思はず叫んだ。 
「原敬の白髪頭が 
何と云ふ善い智慧を出したのだ 
自暴自棄と云ふ事ほど 
最上の自滅法はありません。 
民衆の敵、 
社会の敵、 
自由の敵、 
政友会よ、 
もうお前は亡霊だ。」 
 
 
 
 
 
 
 
  健之介の畑 
 
さい健之介は 
汗をば流し、 
今日もせつせ[#「せつせ」に傍点]と 
はた打つ、一人。 
 
裏の畑は 
やくざな畑、 
何処を打つても 
石ころだらけ。 
 
石と鍬とが 
かつちり[#「かつちり」に傍点]、こつちり[#「こつちり」に傍点]、 
鍬は泣きだす、 
石は火出だす。 
 
花を植ゑるか、 
菜の種蒔くか、 
なぜに打つかと 
健之介に問へば、 
 
「蒔くか、植ゑるか、 
それはまだ[#「まだ」に傍点]決めぬ。 
僕は力が 
出したいばかり。」