与謝野晶子詩歌集

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淵の水になげし聖書を又もひろひそら仰ぎ泣くわれまどひの子 
 
聖書だく子人の御親みおやの墓に伏して弥勒みろくの名をば夕に喚びぬ 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
今夜巴里パリーは泣いて居る。 
シヤン・ゼリゼエの植込も、 
セエヌの水もしつとりと 
青い狭霧に街灯の 
涙を垂れて泣いて居る。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
群をはなれてヴェランダに 
君ただひとり立つなかれ、 
今宵は空の月さへも 
人の踊を覗けるに。 
 
いざ君、室内うちの卓に凭り、 
ワルツの曲を聞きながら、 
ひと取れよ、花のと、 
香料の香と、さかづきと、 
 
女の燃ゆるまなざしと、 
きやしやにいろめく肉づきと、 
軽き笑まひと、足取と、 
さらに渦巻く愛と美と。