与謝野晶子詩歌集

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  紙で切つた象 
 
母さん、母さん、 
端書はがきを下さい、 
鋏刀はさみを下さい、 
お糊を下さい。 
 
アウギユストは今日、 
古い端書で 
象を切ります。 
きり、きり、きり、きり。 
 
そおれ、長い長いお鼻、 
そおれ、脊中、 
まんまるい脊中。 
きり、きり、きり、きり。 
 
それから、小さな尻尾しつぽ、 
後脚とお腹、 
さうして前脚。 
きり、きり、きり、きり。 
 
少し後脚が短い、 
印度インドから歩いて来たので、 
くたびれて、 
跛足びつこを引いて居るのでせう。 
 
象よ、板の上に、 
足の裏を曲げて、 
糊をば附けて、 
さあ、かうしてお立ち。 
 
可愛い象よ、 
お腹が空いたら、 
藁を遣ろ、 
パンを遣ろ。 
 
母さん、母さん、 
象の脊中には何を載せるの。 
人間ですか、 
荷物ですか。 
 
象の脊中に載せるのは 
書物ですつて。 
それは素敵だ、 
僕がみんな読んで遣らう。 
 
それから、象よ、 
僕が書物を読んで仕舞つたら、 
僕をお載せ、 
さうして一散に駆け出して頂戴。 
 
アウギユストは象に乗つて 
何処へ行かう。 
兄さんの大学へ行かう、 
兄さんをおどかし[#「おどかし」に傍点]に。 
 
いや、いけない、いけない、 
兄さんはお医者になるのだから、 
象に注射をして、 
象を解剖するかも知れない。 
 
母さん、何処へ行きませう、 
宣しい、 
母さんの云ふやうに、 
広い広い沙漠へ行きませう。 
 
象は沙漠が好きですとさ、 
淋しい沙漠がね。 
其処を通れば 
太陽の国へ帰られる。 
  (註「アウギユスト」は作者の幼い四男の名です。)