与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
今日の身に我をさそひしなかの姉小町こまちのはてを祈れとにぬ 
 
秋もろし春みじかしをまどひなく説く子ありなば我れ道きかむ 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
地平線は 
高く高くあがつて、 
はての無いかわいた砂原を、 
星の多い、 
明るい月夜の空に 
結びつけてゐる。 
 
砂原のなかには、 
一ところ、 
廃墟のやうな、 
一段盛りあがつた丘の上に、 
方形な白い石の家が立ち、 
遥かな前方には、 
一すぢの廻りくねつた川が 
茂つた木立ちの中を縫つてゐる。 
 
夜見る木立は 
草のやうに低く黒く集団かたまり、 
中には、ほのかに、 
二本、三本、 
針金のやうな細い幹が 
傾いて立つてゐる。 
 
月の光の当たつてゐる部分は、 
川も、木立も、 
銀の鍍金めつきをして輝き、 
陰影はすべて 
鉄のやうに重い。 
 
世界は静かだ。 
青繻子の感触を持つ空には、 
星が宝石と金銀の飾りを 
派手にぎらつかせ、 
硝子がらす製のやうな 
淡い一輪の月を 
病人の顔でも覗き込むやうに 
とり囲んでゐる。 
 
川の水が 
遥かな割に、 
ちよろ、ちよろと 
淋しい音を立てゝ流れる。 
 
わたしは今、目を閉ぢると、 
こんな景色が見える。 
さうして、 
その石の家の窓には 
わたしが一人 
じつと坐つてゐるやうである。 
また、その遥かな水音も 
私自身が泣いてゐるやうである。 
 
また、その白い月が 
わたしであつて、 
高いところから、 
傷ついた心で、 
その空虚うつろな石の家を 
見下ろしてゐるやうでもある。