与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
とおもへばぞ垣をこえたる山ひつじとおもへばぞの花よわりなの 
 
庭下駄に水をあやぶむ花あやめはさみにたらぬ力をわびぬ 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
六月の太陽のもとで、 
高架線から見る東京。 
帆のやうに、幕のやうに、 
舞台装置の背景布のやうに、 
幾ところからもせり出した 
染物屋の物干の 
高い大きな布のかたまり。 
なんとそれが 
堂々と揺れて光ることだ。 
日本銀行と三越みつこしの 
全身不随症の建物が 
その蔭で尻餅をついてゐる。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
おどろけるは我なるに、 
よろよろとする自転車、 
その自転車乗り 
わが前に 
おまへは護謨ごむ製の操人形あやつりか。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
竹を割りて 
まろく幹をつつみ、 
黒き細縄もて縛れり。 
簡素ながら、 
いと好くしたる 
職人の街路樹の愛。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
一人のおやぢチヤルメラを吹き、 
路ばたにがつしり[#「がつしり」に傍点]と据ゑぬ、 
大臣、市長、頭取の 
椅子よりも重く。 
よいかな、爺、 
我等の児になくて叶はぬ 
飴屋の荷の台。