与謝野晶子詩歌集

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夏やせの我やねたみの二十妻はたちづま里居さとゐの夏に京を説く君 
 
こもり居にしふの歌ぬくねたみ妻五月さつきのやどの二人ふたりうつくしき 
 
人に侍る大堰おほゐの水のおばしまにわかきうれひの袂の長き 
 
くれなゐの扇に惜しき涙なりき嵯峨のみじか夜暁あけ寒かりし 
 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
或日、わがこころは 
うす墨色の桜、 
また別の日、わが心は 
紅き一ひらの罌粟けしの花、 
時は短し、欲多し。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
あなた、石が泣いて居ます、 
石が泣くのを御覧なさいまし。 
あの朴の木の下の二つ目の石、 
光を半分はすに受けて 
上を向いて、 
渋面をして泣いて居ます。 
こんな山の中で、静かな中で、 
だまつて泣いて居ます。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
黄味がかつた白い睡蓮、 
この花を見ると、 
直ぐ私の目に浮ぶのは 
倫敦ロンドンのキウ・ガーデンの池、 
仏蘭西フランス風と全くちがつた 
自然らしい公園の奥の池、 
あなたと私とは立止まり、 
さて其処に見た、 
羅衣うすものに肌身の光る 
静かなる浴女の一群ひとむれ。 
 
 
 
 
 
  正月に牡丹咲く 
 
今年ここに第一の春、 
元日の卓の上に、 
まろまろと白き牡丹 
力満ちて開かんとす。 
 
金属も火も知らぬ、 
かよわき中の強さ、 
よき人の稀に持つ 
素顔の気高さ。 
 
この喜びにいざ取らん 
わが好む細き細き穂長の筆。 
牡丹とわが心と今 
共にほと気息いきをつく。