与謝野晶子詩歌集

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四とせまへ鼓うつ手にそそがせし涙のぬしに逢はれむ我か 
 
おほつづみかゝへかねたるその頃よきぬきるをうれしと思ひし 
 
 
 
 
 
 
 
  秋の夜の歌 
 
時計を見れば十一時、 
秋の夜長の嬉しさよ、 
筆さしおきて、また更に 
おのが時ぞと胸をどる。 
 
立ちつつ棚の本をく。 
 
夜更けて物を読むことは、 
田を刈る人が手をめて 
しばらく空を見るよりも 
更に澄み入る心なれ。 
 
一のペイヂをそつと切る。 
 
今夜新たに読む本は 
未知の世界の旅ぞかし。 
初めの程は著者とわれ 
少し離れて行くもし。 
 
敬ふごとく次を切る。 
 
唯だ打黙うちもだし読むことを 
もどかしとする虫ならん、 
我れに代りて爽かに 
前の廊より声立てぬ。 
 
電灯のいろ水に似る。