与謝野晶子詩歌集

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よそほひし京の子すゑてきぬのべて絵の具とく夜を春の雨ふる 
 
そのなさけ今日舞姫まひひめひますか西の秀才すさいが眉よやつれし 
 
いとせめてもゆるがままにもえしめよ斯くぞ覚ゆる暮れて行く春 
 
春みじかし何に不滅ふめつの命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ 
 
 
 
 
 
  庭の一隅 
 
同じ囲ひのうちに 
鶏のむれ、鵞鳥のむれ、 
すでに食み終りて 
猶も餌を待てり。 
餌の無きにあらず、 
彼等の目の見難きなり。 
見よ、同じ囲ひのうちに 
雀のりて食めるを。 
猶よく見よ、餌を運ぶ蟻は 
今正に収穫の農繁期なり。 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
飢ゑたひよ鳥も食べぬ 
にがい、にがい枳殻からたちの実、 
飢饉地の子供が其れを食べる。 
わたしの今日此頃の心も 
人知れず枳殻の実を食べる。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
唯一つ、そらに 
さし出した手は寂しい。 
しかし、待て、 
皆が、皆が、一斉に 
手を伸ばす日は来ぬか。