与謝野晶子詩歌集

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むろに絵の具かぎよる懸想けさうの子太古の神に春似たらずや 
 
そのはてにのこるは何と問ふな説くな友よ歌あれつひの十字架 
 
わかき子が胸の小琴のを知るや旅ねの君よたまくらかさむ 
 
松かげにまたも相見る君とわれゑにしの神をにくしとおぼすな 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
わたしは行きます、 
ぢつと見ると怖いので、 
ただ一人めくらとなり。 
どんな音が爆ぜようとも 
ただ一人めくらとなり。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
ひよろ、ひよろとして 
枯れてゐる木、 
勿論、雑木のはしくれ、 
それでも小鳥を遊ばせるに十分な 
枯れてゐる木。 
 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
一人の兵士が斃れた、 
前から来た弾丸たまのために。 
しかし、兵士自身は知つてゐる、 
背嚢が重過ぎたのだ、 
後ろの重味に斃れたのだ。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
太つて「空樽あきだる」と云はれる人、 
はじめは可笑しく見えた、 
次に見たら苦し相であつた、 
それがまた今日逢つたら 
紙製の軽さに見えた。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
均斉と云ふことが厭で 
こんな隅に窓を開けました。 
御覧、ここから見えるのは 
山の脚ばかり 
さうして低い所に野が少し。