与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
人とわれおなじ十九のおもかげをうつせし水よ石津川の流れ 
 
卯の花を小傘をがさにそへて褄とりて五月雨わぶる村はづれかな 
 
 
 
 
 
 
 
  屋上 
 
武蔵野の中、 
日の入りてのち 
屋上の台に昇る。 
 
わが座は今 
わが庭の 
最も高き梢と並ぶ。 
 
風、かの白き天の川より降るか、 
我れを斜めに吹きて 
余勢、なほ四方よもの木をゆする。 
 
わが町の木と屋根と皆黒し、 
唯だ疎らに黄なるは 
街灯の点のみ。 
 
一台のトラツク遠きに黙し、 
が家のラヂオか、 
みごゑの講演起る。 
 
東の方、遥なる丘の上に、 
うす桃色の靄長く引けるは、 
東京の明かりならん。 
 
我れ独り屋上の暗きに坐る。 
燦爛たる星、 
満身には風。 
 
つくづくと天の濶きを見上げて、 
つつましき心に、この時、 
感謝の涙流る。 
 
 
 
 
 
 
 
  「久住山の歌」の序詩 
 
我等近く来るたびに、 
久住の山、 
雲動き霧馳せて、 
雨さへも荒し。 
 
久住の山、 
我等の見るは、 
頂にあらずば裾の 
わづかに一部。 
 
一部なれども、 
深むらさきの壁に 
天の一方を塞ぎ、 
隠れまた現る。 
 
ああ全貌を見ずとも、 
久住の山、 
大地より卓立して 
威容かくの如し。 
 
ねがはくは我等の歌、 
云ふ所は短けれども、 
久住の山 
この中にも在れ。