与謝野晶子詩歌集

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消えむものか歌よむ人の夢とそはそは夢ならむさて消えむものか 
 
恋と云はじそのまぼろしのあまき夢詩人しじんもありき画だくみもありき 
 
 
 
 
 
 
 
  楓の芽 
 
やさしい楓の枝、小枝、 
今、伸ばしはじめた 
紅い新芽、 
柿右衛門の手法と 
芸術境を 
正に此の楓は知つてゐる。 
 
かはいい小鳥の足とても、 
こんなに繊細な 
美くしさは持つてゐない。 
珊瑚の小枝は是れよりもかたく、 
紅い糸状の海草の或物は 
是れに似て、併し柔軟に過ぎる。 
 
楓の紅い新芽よ、 
そなたのみである、 
花と若葉の多いなかに 
繊麗深紅の一体を立てて、 
そのつつましい心と姿で 
四月の太陽を讃めるのは。 
 
 
 
 
 
 
 
  西宮市立高等女学校校歌 
 
みづから春の園に入り 
花を作るも勇みあり。 
して自ら楽みて 
学ぶ我等の気は揚がる。 
 
この楽しみを共にして、 
あまた良き師に導かれ、 
ここに学べる朗らかさ、 
西宮にしのみやなる高女生。 
 
北には六甲、東には 
生駒山脈そびえたり。 
我等ながめて、永久とこしへの 
山の力に励まさる。 
 
大坂湾のだいなるに、 
紀淡海峡遠白し。 
我等ながめて、おのづから、 
内の心を濶くする。 
 
日本の少女をとめいそしむは 
古き世からの習ひなり。 
我等おのおの身を鍛へ、 
常に凜凜しき姿あり。 
 
我等の愛は限り無し、 
自然、道徳、学の愛、 
家庭、交友、国の愛、 
国の内外うちとの人の愛。 
 
是等の愛を生かすため、 
善を行ひ、智を磨き、 
女子の我等も、大御代に 
永く至誠の民たらん。 
 
我等は思ふ、御代の恩、 
更に師の恩、親の恩。 
謝せよ、互に学べるは 
高き是等のみなさけぞ。 
 
我等は嫌ふ、軽佻を、 
無智を、惰弱を、妄動を。 
起れ、聡明、堅実の 
清き日本よ、我等より。 
 
ああ、もろともに祝ひなん、 
西宮なる高女生、 
ここに学びてつるなり。 
斯かる理想の光る旗。