与謝野晶子詩歌集

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水の香をきぬにおほひぬわかき神草には見えぬ風のゆるぎよ 
 
ゆく水のざれ言きかす神の笑まひ御歯みはあざやかに花の夜あけぬ 
 
百合にやるあめの小蝶のみづいろのはねにしつけの糸をとる神 
 
ひとつ血の胸くれなゐの春のいのちひれふすかをり神もとめよる 
 
 
 
わが前の丘に 
断えず歌ふは 
桃色に湧き上る噴水。 
青白き三人の童子は 
まるまると肥えし肩に 
緑玉の水盤を支へたり。 
われは、その桃色の水の 
猛火に変るを待ちながら、 
ぢつと今日も見まもる。 
 
 
 
 
  元旦の歌 
 
初春はきぬ、初春は 
新たに焚ける壁の炉よ、 
誰もこの朝うきうきと 
身をくつろげて打向ふ。 
 
初春はきぬ、初春は 
誰の顔にも花にほひ、 
誰の胸にも鳥うたひ、 
誰の口にも韻の鳴る。 
 
初春はきぬ、初春は 
愛の笑まへる広場なり 
雄雄しき人も恋人も 
踊らんとして手を繋ぐ。 
 
 
 
 
 
 
 
  我傍らに咲く花は 
 
わが傍らに咲く花は 
傷よりるゝ血の如し、 
この花を見てかなしげに 
思ひたまふや何ごとを。 
嵐のあとに猶しばし 
海の入日の泣くことか、 
さては三十路みそぢの更け行けど 
飽くこと知らぬわが恋か。