与謝野晶子詩歌集

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花にそむきダビデの歌を誦せむにはあまりに若き我身とぞ思ふ 
 
みかへりのそれはた更につらかりき闇におぼめく山吹垣根 
 
 
泣かずともよい高い木も、 
露が置くとて泣いてゐる、 
霜が降るとて泣いてゐる。 
泣くのが無理か、真昼にも 
蔭に日を見ぬ草の蔓。 
   × 
どこをどう[#「どう」に傍点]して来たことか、 
ひまある人は振り返る、 
清い浜べとまるい丘。 
常にわたしは馳せとほる、 
いばら、からたち、岩のなか。 
   × 
三分さんぶばかりの朱をば擦る、 
枇杷の葉ほどの小硯に、 
指の染むのも嫌はずに。 
朱は擦るたびに低くなる、 
地平の末の日のやうに。 
   × 
落葉が揺れる、 
蜘蛛の巣にひと葉、 
鉢の水にひと葉。 
空ゆく月は笑つてる、 
見よ、美くしいあの白歯。