与謝野晶子詩歌集

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天の川そひねの床のとばりごしに星のわかれをすかし見るかな 
 
染めてよと君がみもとへおくりやりし扇かへらず風あきとなりぬ 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
しら布に覆へる小箱、 
三等車よりり来たる。 
黙黙として抱だきたるは 
羽織袴の青年。 
名誉の死者の弟か。 
 
知らぬ他国の我れなれど、 
この駅に来合せて、 
人人の後ろより、 
手を合せつつ見送れば 
涙先づ落つ。 
 
駅のそとには 
一すぢの旗動き、 
兵士、友人、縁者の一群いちぐん 
粛然と遺骨の箱に従ふ。 
「万歳」の声も無し。 
 
我れは思ふ、 
などか此の尊き戦死者の霊を 
此のふるさとに送るに 
一等車を以てせざりしや。 
我が涙また落つ。 
 
 
 
 
 
 
 
  〔無題〕 
 
師走の初め、都にも 
今年は寒く雪ふりぬ。 
出羽奥州の凶作地 
如何に真冬のつらからん。 
 
陛下の御代のおみたちよ、 
人飢ゑしむること勿れ。 
国には米の余れるに 
恵みて分つすべ無きか。 
 
市人いちびとたちよ、重ねたる 
きぬの一つを脱ぎたまへ。 
飢ゑ凍えたる父母に 
その少女らを売らしむな。 
 
彼等の子なる兵士らは 
出でて御国を護れども、 
ああ、その心、ふるさとの 
家を思はば悲まん。 
 
ともに陛下の御民なり。 
是れよそごとか、ただごとか。 
いざ、もろともに分けて負へ、 
彼等の難は己が難。