与謝野晶子詩歌集

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さおぼさずや宵の火かげの長き歌かたみに詞あまり多かりき 
 
その歌をします声にさめし朝なでよの櫛の人はづかしき 
 
 
 
 
 
 
 
  一とせ 
 
能はずとせしことなれど、 
怪しく此処に得たりけれ。 
おのれの死にて亡き後の、 
世をば一とせ我れの見る。 
 
能はずとして思ひし日、 
これさへ色とあやありて、 
与らぬをばさびしやと、 
羨しやと、泣かれたり。 
 
見るべからざる物を見て、 
寂しく時を送りぬと、 
君見て云はん後もなし、 
虚無の世界のことなれば。 
 
 
 
 
 
 
 
  半分以上 
 
私の子供達、さやうなら。 
お父様のところへ行きます、 
いろんな話をしませう。 
あなた達もさう思ふだらう。 
けれどそれは詩だよ、 
言偏ごんべんの「し」だよ。 
何があるものですか未来に、 
そんな世界がねえ。 
私はよく知つてゐた。 
あれからの私は寂しかつた。 
でもそればかりではなかつた、 
私は詩を描いてゐたからね、 
生活のおよそ半分を、 
詩で塗つて来ましたよ。 
この期に臨んでも、 
私は抱いてゐます詩を、 
詩を半分以上。 
それでは行きますよ。 
宣しく云ひませうね、 
あなた達のお父様に。