ゲーテ ファウスト

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マルガレエテの部屋

 

マルガレエテ一人※(「糸+樔のつくり」、第4水準2-84-55)いとぐるまの傍に坐しゐる。

    マルガレエテ
心の落著おちつき無くなりて、
胸苦しくぞなりにける。
 
尋ぬとも、その落著は
つひに帰らじ、とこしへに。
 
彼人まさねば、いづかたも
冢穴つかあなにしも異ならず。
にがきをむる所とぞ
 
世の中は皆なりにける。
 
物狂ほしくもなれるかな、
あはれわがこのこうべ
ちぎれ/\になりしかな、
あはれわがこの心。
 
 
心の落著なくなりて、
胸苦しくぞなりにける。
尋ぬとも、その落著は
つひに帰らじ、とこしへに。
 
小窓よりわが見出だすは、
 
彼人やと待つばかり。
門のへわが出で行くは、
彼人迎へに行くばかり。
 
ををしき彼人の歩みざま。
けだかき彼人の姿。
 
その脣の微笑。
そのまなざしの力。
 
その物語の
たえなるながれ
我手取りますそのみ手よ。
 
さて、あはれ、その口附くちづけよ。
 
心の落著なくなりて、
胸苦しくぞなりにける。
尋ぬとも、その落著は
つひに帰らじ、とこしへに。
 
 
胸の願は彼人に
そはんとおもふ外ぞなき。
わがかいなもて彼人を
捉へまつり、止めまつらばや。
 
さて心ゆくまで彼人に
 
口附くちづけしまつらばや。
よしやわが身は彼人に
口附せられて消えぬとも。
 
 

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