ゲーテ ファウスト

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寺院

 

勤行、オルガン、唱歌。
多勢の中にグレエトヘン。その背後に悪霊。

    悪霊
どうだ。グレエトヘン。
お前がまだ極無邪気で、
あの贄卓にえづくえの前に出て、
半分は子供の戯、
半分は心の信仰から、
 
古びた本を繰りけて、もつれる舌で
讃美歌を歌った時はどうだった。
グレエトヘン。
お前の頭はどうなっている。
お前の胸に隠しているのは
 
なんと云う悪業あくごうだ。
お前のとがで、長い、長い苦艱を受けに、
死んで行かれた母親の霊のために祈るのか。
お前の家の門の閾は誰の血に※(「衄のへん+韈のつくり」、第4水準2-88-5)けがされたか。
それからお前の胸の下で
 
うごめき出して、ここにいるぞと
未来を思い遣り顔に自ら悩み、
お前をも悩ませる物があるではないか。 
 
    グレエトヘン
ああ、せつない。ああ、せつない。
心の中を往ったり来たりして
 
わたしを責める、
この物思は忘れられぬか。 
 
    合唱者
ジエス・イレエ・ジエス・イルラ・
 (怒之日。彼)
ソルウェット・セエクルム・イン・ファウィルラ。
 (渙散世界灰燼之日。)

(オルガンの響。)

    悪霊
おそれがお前を襲う。
 
金笛きんてきが鳴る。
奥津城おくつきが皆震う。
そしてお前の心の臓は
灰の眠から
※(「陷のつくり+炎」、第3水準1-87-64)ほのおなやみ
 
再び造り成されて、
ふるいに起つことであろう。 
 
    グレエトヘン
わたしはここにいたくない。
あのオルガンの音がわたしの息を
詰まらせるようで、
 
あの歌の声がわたしの心を
底まで解かしてしまうような。 
 
    合唱者
ユウデックス・エルゴ・クム・セデビット、
 (判官既坐。則)
クウィットクウィット・ラテット・アドパアレビット、
 (一切隠匿。悉皆しっかい審明。)
ニル・イヌルツム・レマネビット。
 
 (無事不報復。而遺存者。) 
 
    グレエトヘン
ああ。身が締め附けられるような。
石壁いしかべの柱が
四方から寄って来て、
天井が
上から圧さえ附けるような。ああ。息が。
  
 
    悪霊
身を隠せ。罪や辱は
隠しおおせられるものではない。
息が詰まるか。目がくらむか。
気の毒なやつめ。 
 
    合唱者
クウィット・ズム・ミゼエル・ツンク・ジクツルス。
 
 (爾時陋者我。欲何言。)
クウェム・パトロオヌム・ロガツルス。
 (爾時我尋求何庇保者。)
クム・ウィックス・ユスツス・シット・セクルス。
 (何則正者猶且不自安也。) 
 
    悪霊
聖者達はお前に
お顔をおそむけなさるぞ。
浄い人はお前の手を握ろうとして
 
身慄みぶるいをするぞ。
気の毒な。 
 
    合唱者
クム・ウィックス・ユスツス・シット・セクルス。 
 
    グレエトヘン
お隣のかた。あなたの香水の瓶をどうぞ。(昏倒す。)
 
 

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