ファウスト草花咲ける野に横りて、疲れ果て、不安らしく、眠を求めゐる。
精霊の一群、空に漂ひて動けり。優しき、小さき形のものどもなり。
アリエル
(歌。アイオルスの箏の伴奏にて。)
「雨のごと散る春の花
人皆の
田畑の緑なる
かゞやきて見ゆる時、
身は
救はれむ人ある
幸なき人をば哀とぞ見る。」
この人の頭の上で、空に
いつもの優しいエルフの流義でこの場でも働いてくれ。
あれが胸のおそろしい闘を鎮めて遣れ。
身を焼くやうに痛い、非難の矢を抜いて遣れ。
これまでに受けた
今すぐにその句切々々を優しく填めて遣れ。
先づあの頭にそつと冷たい枕をさせて、
それから物を忘れさせるレエテの水の雫に
そこで疲が戻つて静かに夜明を待つうちに、
引き
さうしてあれを神聖な光の中へ返して遣つて、
エルフの義務の中の一番美しい義務を尽せ。
合唱する群
(或は一人々々、或は二人づつもしくは数人づつ、或は交互に入り変り、或は寄り集ひて。)
あたゝけき風の
緑に囲はれたる野に満てるとき、
霧の
楽しき平和を低く囁き、
寐さするごとく心を
かくて疲れたる人の目の前に
昼の門の扉はさゝる。
星は星と浄く群れ寄る。
大いなる火も、小さき光も
近くかゞやき、遠く照る。
澄みたる
いと深き
月のまたき光華は上にいませり。
幾ばくの時かは知らねど、その時はや消え失せぬ。
先だちて知れ。
たゞ新なる朝日の光を頼め。
谷々は緑芽ぐみ、岡は高まりて、
茂りて物蔭の
さて
波の形して
たゞかしこなる光を望め。
汝は軽らかに閉ぢ籠められたり。
眠は
自ら励ましてなすことをな忘れそ。
心得て
心高き人のえなさぬことあらめや。
アリエル
聞け。遷り行く時の神ホライの駆ける風を聞け。
霊の耳には音が聞えて、
もう新しい日が生れた。
岩の扉はからからと鳴って
日の神フォイボスの車はどうどうと響いて
まあ、光の立てる音のすさまじいこと。
金笛、
目はまじろいて、耳はおどろく。
耳も及ばない響は聞えない。
深く、深く、岩の
あの音に出合ったら、お前達は
ファウスト
天の
命の脈がまた新しく活溌に打っている。
こら。下界。お前はゆうべも職を
そしてけさ
もう快楽を以て己を取り巻きはじめる。
断えず最高の存在へと志ざして、
力強い決心を働かせているなあ。
もう世界が
森は千万の
谷を出たり谷に入ったり、霧の帯が
それでも天の
木々の大枝小枝は、夜潜んで寝た、
薫る谷底から、元気好く芽を吹き出す。
また花も葉もゆらぐ珠を一ぱい持っている深みが、
一皮一皮と剥がれるように色取を見せて来る。
己の身のまわりはまるで天国になるなあ。
もう晴がましい時を告げている。
あの巓は、後になって己達の方へ
向いて降りる、とわの光を先ず浴びるのだ。
今アルピの緑に窪んだ牧場に、
新しい光やあざやかさが贈られる。
そしてそれが一段一段と行き渡る。
日が出た。惜しい事には己はすぐ
背を向ける。沁み渡る目の
あrbこがれる志が、信頼して、努力して、
最高の願の所へ到着したとき、成就の扉の
その時その永遠なる底の深みから、強過ぎる、
己達は命の
身は火の海に呑まれた。なんと云う火だ。
この燃え立って取り巻くのは、
穉かった昔の
また目を下界に向けるようになるのだ。
己はあの岩の裂目から落ちて来る滝を、
次第に面白がって見ている。
一段また一段と落ちて来て、千の
万の流れになり、
高く空中に上げている。
しかしこの荒々しい水のすさびに根ざして、七色の虹の
常なき姿が、まあ、美しく空に横わっていること。
はっきりとしているかと思えば、すぐまた空に散って、
この虹が人間の努力の影だ。
あれを見て考えたら、前よりは好く分かるだろう。
人生は彩られた影の上にある。