玉座の
帝
遠くからも近くからも寄って来た、
忠実な皆のものに己は挨拶をいたす。
そこで賢者は己の傍に来ているが、
阿房はどういたしたのだ。
貴公子
只今お
すぐ
太った、重い体は、誰やらがかついで行きました。
酒に酔ったのか、死んだのか、分かりません。
第二の貴公子
そういたすと珍らしいすばやい奴があるもので、
実に面白い、目に立つなりをいたしています。
しかしどうも異様ですから、誰も一寸見て驚きます。
それで御守衛が矛を十文字にいたして
敷居際で
や。でもあそこへまいりました、大胆な馬鹿が。
メフィストフェレス
(玉座の前に
来ねば
いつも待たれていて、来ると逐い出されるのは何か。
どこまでも保護を加えられるのは何か。
ひどく叱られたり苦情を言われたりするのは何か。
殿様のお
名を聞くことを皆が喜ぶのは誰か。
玉座の下へ這い寄って来るのは何か。
土地をお
帝
まあ、
この場ではそんな謎のような物は不用だ。
謎を掛けるのは、そこらにいる人達の
掛けられたら、お前解け。己が聞いて遣る。
前いた阿房はどうやら遠くへ立ったらしい。
お前そいつの
(メフィストフェレス階段を登りて左に侍立す。)
衆人の耳語
新参の阿房か。○新規な難儀だな。○
どこから来たのだろう。○どうして這入ったのだろう。○
あいつは酒樽だった。○こいつは
帝
さて、遠くからも近くからも寄って来た
忠実な皆のものに、己は挨拶をいたす。
丁度お前達は
然るに、この、いらぬ憂を棄てて、
舞踏の日のように
面白い事ばかり
この日に、一体なぜ評議なんぞをして
面倒な目を見んではならんのか。
まあ、兎に角お前達がせねばならんと云うから、
そんならそうとして、する事にした。
尚書
人間最高の徳が、聖者の
殿様のおつむりを囲んでいて、それを有功に
御実行なさることは、殿様でなくては出来ません。
それは公平と申す事でございます。人が皆
愛し、求め、願い、無いのに困るこの徳を、
民に施しなさるのは殿様でございます。
しかしこんな風俗が時疫のように国に行われて、
悪事の上に悪事が醸し出されては、
心には智慧、胸には慈愛、手には
敏活があったと云って、なんになりましょう。
どなたでもこの高殿の上から、広い
お
異形のものばかりが押し合って、
不法が法らしく行われて、
間違が世間一ぱいになっていますから。
家畜を盗む。女を盗む。
寺から杯や、十字架や、燭台を盗む。
そして長い間、
体をも損われずにいるのを自慢話にする。
そこで原告が押し合って裁判所に出て見ると、
判事はただ厚い布団の上に
怒濤のように寄せては返しているのに。
身方の連累者の
相手の罪を責めることは出来、
孤立している
却って「有罪」と宣告せられる。
そう云う風に世は離れ離れになって、
当然の事は烏有に帰してしまいます。
民を正道に導くただ一つの誠が
どうしてここに発展して参りましょう。
しまいには正直な人が
賞罰を明にすることの出来ない
裁判官は犯罪者の群に入ります。
これでは余り黒くかいた画のようでござりますが、
実はもっと厚い幕で隠したかったのでござります。
(
いずれ断然たる御処置がなくてはなりますまい。
民が皆
恐れながら帝位の尊厳も
兵部卿
まあ、此頃の乱世の
一人々々が殺しもし、殺されもして、
号令をしても皆
市民は壁の
岩山の巣に立て籠って、
公に背いて、踏みこたえようとして、
私の戦闘力の維持に力めている。
傭兵は気短に、
給料の
それを払ってしまったら、
皆逃げてしまいそうにしている。
皆の望んでいる事を、誰でも禁じたら、
それは蜂の巣をつついたようであろう。
その傭兵が守るはずの、国はどうかと云うと、
国は半分もう駄目になっています。
まだ外藩の王達はおられますが、
どなたもそれを我事とはなさりませぬ。
大府卿
もう誰が聯邦の
約束の貢は、水道の水が切れたように、
少しも来なくなりました。
それにこの広いお国の中でも、占有権が
どんな人の手に落ちたと思召します。
どこへ行って見ても、新しい人間が主人になって、
独立して
どんな事をしていたって、見ている外はありません。
あらゆる権利を譲って遣って、もう
残っている権利は一つもありません。
あの党派と云っているものなぞも、
今日になってはもう信頼することは出来ません。
賛成しても、非難しても、愛憎どちらでも
構わぬと云う冷澹な心持になっています。
身方のギベルリイネンも、相手のゲルフェンも、
手を引いて、
誰が隣国なんぞを援けようといたしましょう。
てんでにしなくてはならぬ事がありますから。
一人々々が掘り出して、掻き集めているだけで、
中務卿
わたくしの方も随分不幸に逢っています。
毎日々々節倹をいたそうとしていて、
毎日々々費用が
それにわたくしの難儀は次第に殖えて参ります。
まあ、お料理人の手元だけはまだ不足がありません。
鹿に
鶏にしゃも、
そう云う
まだかなりに這入ってまいります。
それでも酒がそろそろ足りなくなってまいります。
これまでは
樽を並べて積み上げて、穴蔵にありましたのに、
皆様が
もうそろそろ
此頃は町役所の
それ大杯に注げ、鉢に注げと、
皿小鉢を
その跡始末と勘定はわたくしがいたします。
歳入を引当にいたして、いつも翌年のを
繰り上げて納めています。
飼ってある
お
帝
(暫く考へて、メフィストフェレスに。)
どうだ。まだその外に難儀のあるのを知っているか。
メフィストフェレス
わたくしですか。存じません。こうして殿様はじめ
皆様の御盛んな様子を拝しています。帝位の尊厳で
いやおうなしにお命じなさるに、
なんで信用が足りますまい。
智慧と
お
こう云う星の数々が照っている所で、
何が寄って災難や暗黒になることが出来ましょう。
耳語
あいつ横着者だね。○巧者な奴だね。○
胡麻を磨り込みおる。○遣れる間遣るでしょう。○
分かっていまさあ。○内々何を思っているか。○
これからどうすると云うのです。○建白でもするのでしょう。
メフィストフェレス
一体この世では何かしら足りない物のない所はありません。
あそこで何、ここでは何が足りぬ。お国では金が足りぬ。
それだと云って
そこは智慧で、どんな深い所からでも取って来ます。
山の礦脈の中や、人家の
金塊もあれば金貨もあります。
そんならそれを誰が取って来るかとお尋ねなさるなら、
力量のある男の天賦と智慧だと申す外ありません。
尚書
天賦と智慧だの、自然と霊だのとは信徒は云わない。
そんな話はひどく危険だから、
無神論者を焚き殺すのだ。
自然と云う罪障と、霊と云う悪魔とが、
夫婦になって片羽な子を生んで育てる。
その子が懐疑だ。
ここにはそんな事はない。殿様の古いお国には、
それが玉座を支えている。
それは聖者と騎士なのだ。
この
その
ところが腹の
反抗が起って来る。
それが背教者だ。魔法使だ。
そう云う奴が都をも国をも滅すのだ。
そう云う奴を今お前は、臆面のない笑談で、
この尊い朝廷へ口入をしようとしている。
お前達は腐った根性を
そう云う奴は皆阿房の同類だ。
メフィストフェレス
お
なんでも手で障って見ない物は、何里も
握って見ない物は、まるで無い、
自分で鋳たのでない銭は通用しないと思召す。
帝
そんな話で物の足りぬのが事済にはならぬ。
断食の時の説教のような講釈でどうしようと云うのか。
こうしたらとか、どうしたらとか、際限なく云うのには
金が足りぬ。
メフィストフェレス
おいり用の物は拵えますとも、それより多分に拵えます。
術で、誰がその術に手を著けましょう。
一寸考えて御覧なさい。
土地も人民も溺れた、あの驚怖時代に、
どんなにか不本意には思っても、誰彼が
一番大事な物をあそこここに隠したのです。
ロオマ人が暴威を振った時から、そうでした。
それからずっときのうまでもきょうまでも、そうです。
それが土の中にじっとして埋もれている。
土地は殿様のだ。殿様がそれをお
大府卿
阿房にしてはなかなか旨く述べ立てるな。
勿論それはお家柄の殿様の権利だ。
尚書
悪魔がお前方に金糸を編み入れた罠を掛けるのだ。
どうも只事ではないようだぞ。
中務卿
少しは筋道が違っていても
御殿の御用に立つ金を拵えて貰いたいものだ。
兵部卿
阿房奴賢いわい。誰にも都合の好い事を約束しおる。
兵隊なんぞは、どこから来た金かと問いはしない。
メフィストフェレス
もしわたくしに騙されるとお
それ、そこにいます、あの天文博士にお尋なさい。
やれ
一つ言って貰いましょう。きょうの天文はどうですな。
耳語
横著者が二人だ。○以心伝心でさあ。○
阿房に法螺吹が。○御前近くにいるのです。○
聞き
阿房が吹き込む。○博士がしゃべるのですな。
天文博士
(メフィストフェレス
一体日そのものは純金でございます。
水星は使わしめで、給料を戴いて目を掛けて貰う。
金星と云う女奴は皆様を迷わせて、
朝から晩まで色目で見ている。
色気のない月奴は機嫌買ですねている。
火星はお前様方を焼かぬまでも、威勢で
木星は兎に角一番美しい照様をする。
土星は大きいが、目には遠くて小さく見える。
あいつが
値段は安くて目方が重い。
そうですね。ただ日に月が優しく出合うと、
金銀が寄って、面白い世界になる。
その上には得られないと云うものはありませぬ。
御殿でも、庭でも、小さい乳房でも、赤い
そんな物を得させるのは、我々の中で誰一人
出来ない事の出来る学者の腕でございます。
帝
あれが云う詞には己には二重に聞えるが、
そのくせどうもなるほどとは合点が出来ぬ。
耳語
あれがなんの用に立つだろう。○
跡のような洒落だ。○暦いじりだ。○錬金の真似だ。○
あんな事は度々聞きました。○そしていつも騙されました。○
よしや出て来たところで。○っぱちですよ。
メフィストフェレス
皆さんはそこに立って呆れていなさるばかりで、
大した見附物を御信用なさらない。
草の根で刻んだ人形をたよりにするとか、
黒犬を使うとか云うような、夢を見ていなさる。
あなた方の中には時たま足の
足元が
洒落でちゃかしてしまったり、魔法だと云って
告発したりなさるが、分からない話です。
あれはあなた方がみんな、永遠に主宰している
「自然」の
その生動している痕跡が、一番下の方から
上へ向いて縋って登って行くのです。
いつでも手足をつねられるような気がしたり、
いる場所が居心が悪くなったりしたら、
すぐに思い立って鍬で掘って御覧なさい。
そこには楽人の死骸がある。そこには宝がある。
耳語
わたくしなんぞは足に鉛が這入っているようだ。○
わたくしは腕が引き
わたくしは足の親指がむずむずする。○
わたくしは背中じゅうが痛い。○
こんな塩梅だと、ここなんぞは
宝が沢山埋まっている土地でしょうか。
帝
そんなら早くせい。もうお前は逃がさぬから、
その口から沫を出してしゃべったを
お前がを衝いたのでないなら、己は冠や
指揮の杖を棄てて、尊い、自分の
この手で、その
もしなら、お前を地獄へ遣って遣る。
メフィストフェレス
それはそこへ行く道はわたくしが知っていますが、
そこにもここにも持主がなくて埋まっている物の、
その数々は申し上げ切れない位でございます。
どうかいたすと、畝を切っている百姓が、
また外の奴は土壁の中から硝石を取ろうとして、
貧に痩せた手に、驚喜しながら、
立派な金貨の繋がったのを取り上げる。
まあ、どんな
どんな深い穴や、どんな長い坑道の奥を、
奈落の底の近所まで、宝のありかを
知った人は這入ったりしなくてはならないでしょうか。
さて広い、年久しく隠してある穴倉に這入ると、
ずらりと並べてあるのを見るでしょう。
紅宝玉で造った杯もあって、
それを使おうと思って見れば、
傍に古代の酒があります。
そこで、そんな事に明るいわたくしの申す事を
信じて下さらなくては駄目ですが、もう
桶の木は朽ちていて、酒石が凝って桶になって、
中に酒を湛えています。そう云う尊い酒の精も、
金銀宝石ばかりではなく、闇黒と
恐怖とで自分を護って
そう云う所を賢者は油断なく探っています。
昼間物を見知るのは笑談ですが、
深秘は闇黒を家にしていますからね。
帝
そんな闇黒なんぞがなんになるものか。それはお前に
任せて置く。役に立つものなら、日向へ
出んではならぬ。誰が
見分けよう。牝牛は黒く、猫は灰色だ。
その黄金がどっしり這入って、地の下に
埋まっている壺を、お前の
メフィストフェレス
いえ。御自身に鋤鍬を取ってお
百姓の
そうなさったら、黄金の
地の下から躍り出しましょう。
そうなると、御猶予なさることなしに、喜んで
御自分と
色と
帝
早くせんか。早くせんか。いつまで掛かるのだ。
天文博士(上に同じ。)
いえ。そのおはやりになるお心を少しお鎮めなさって、
華やかなお慰を先へお済ませなさいませ。
気が散っていては目的は達せられませぬ。
先ず心を落ち著けると云う
なりませぬ。善を欲せば、先ず善なれ。
喜を欲せば、己が血を和平にせよ。
酒を得んと欲せば、熟したる葡萄を絞れ。
奇蹟を見んと欲せば、信仰を
帝
そんなら面白い事で暇を潰すも好かろう。
幸な事には丁度灰の水曜日が来る。
その
四旬節の前の踊でもさせるとしよう。
(喇叭、退場。)
メフィストフェレス
労と功とは連鎖をなしていると云うことが、
馬鹿ものにはいつまでも分からない。
よしや聖賢の石を手にしたところで、
石はあっても聖賢はなくなるだろうて。