第四章
(一)
郊外は
其日、丑松は学校から帰ると直に蓮華寺を出て、
秋の日は烈しく照りつけて、人々には言ふに言はれぬ労苦を与へた。男は皆な
『風間さん、
斯う声を掛けて見る。
『あの、』と省吾は
『母さん?』
『あれ彼処に――先生、あれが
と省吾は指差して見せて、すこし顔を
『君の兄弟は
『七人。』といふ省吾の返事。
『随分多勢だねえ、七人とは。君に、姉さんに、尋常科の進さんに、あの妹に――それから?』
『まだ下に妹が一人と弟が一人。一番
『むゝ
『其中で、死んだ兄さんと、蓮華寺へ貰はれて行きやした姉さんと、
『そんなら、君やお志保さんの
『
斯ういふ話をして居ると、
(二)
『省吾や。お
『考へて見な、もう十五ぢやねえか。』と怒を含んだ細君の声は復た聞えた。『今日は音さんまで
見れば細君は
『これ、お作や。』と細君の児を叱る声が起つた。『どうして
『あれ、進だつて
『なに、遊んでる?』と細君はすこし声を震はせて、『遊んでるものか。
『奥様。』と音作は見兼ねたらしい。『
音作の女房も省吾の側へ寄つて、軽く背を
今はすこし勇気を回復した。
(三)
ふと眼を覚まして
まだ働いて居るものもあつた。敬之進の家族も急いで働いて居た。音作は腰を
『進や。父さんは何してるか、お
『
『あゝ。』と細君は
『母さん、作ちやんが。』と進は妹の方を指差し乍ら叫んだ。
『あれ。』と細君は振返つて、『誰だい其袋を開けたものは――誰だい母さんに黙つて其袋を開けたものは。』
『作ちやんは取つて食ひやした。』と進の声で。
『
お作は
『どれ、見せな――そいつたツても、まあ、情ない。道理で
斯う言つて、袋の中に残る
『母さん、
『何だ、お前は。自分で取つて食つて置き乍ら。』
『母さん、もう一つお
『お前は兄さんぢやねえか。』
『進には
『嫌なら、
進は一つ頬張り乍ら、
『どうしてまあ
斯の
寂しい秋晩の空に響いて、また蓮華寺の鐘の音が起つた。それは多くの農夫の為に、一日の
『しかし、其が
斯の
(四)
『おつかれ』(今晩は)と
『おゝ、瀬川君か。』と敬之進は丑松を押留めるやうにして、『好い処で逢つた。何時か一度君とゆつくり話したいと思つて居た。まあ、
『今晩は何にいたしやせう。』と
『鰍?』と敬之進は舌なめずりして、『鰍、結構――それに、油汁と来ては
敬之進は酒慾の為に慄へて居た。
『瀬川君。』と敬之進は手酌でちびり/\始め乍ら、『君が飯山へ来たのは何時でしたつけねえ。』
『
『へえ、
と敬之進は寂しさうに笑つた。やがて盃の酒を飲乾して、一寸舌打ちして、それを丑松へ差し乍ら、
『一つ交換といふことに願ひませうか。』
『まあ、
『それは
『なに、私のは
『
(五)
急に入つて来た少年に妨げられて、敬之進は口を
『あれ、省吾さんでやすかい。』
と言はれて、省吾は用事ありげな顔付。
『
『あゝ居なさりやすよ。』と主婦は答へた。
敬之進は顔を
『
『あの、』と省吾は
『むゝ、また呼びによこしたのか――ちよツ、
『そんなら父さんは帰りなさらないんですか。』と省吾はおづ/\尋ねて見る。
『帰るサ――御話が
『
『
省吾は答へなかつた。子供心にも、父を憐むといふ目付して、黙つて敬之進の顔を
『まあ、
省吾は首を垂れて、
『まあ聞いて呉れたまへ。』と敬之進は
聞けば聞くほど、丑松は気の毒に成つて来た。
『丁度、それは彼娘の十三の時。』と敬之進は
(六)
『
斯う言つて、敬之進は笑つた。熱い涙は思はず知らず流れ落ちて、
『我輩は君、これでも真面目なんだよ。』と敬之進は、額と言はず、頬と言はず、
述懐は
『あちや、まあ、御困りなすつたでごはせう。』