山羊の歌 中原中也

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ためいき
  河上徹太郎に

 
 
 
 

ためいきは夜の沼にゆき、
瘴気しやうきの中で瞬きをするであらう。
その瞬きは怨めしさうにながれながら、パチンと音をたてるだらう。
木々が若い学者仲間の、頸すぢのやうであるだらう。
 
夜が明けたら地平線に、窓がくだらう。
荷車を挽いた百姓が、町の方へ行くだらう。
ためいきはなほ深くして、
丘に響きあたる荷車の音のやうであるだらう。
 
野原に突出た山ノ端の松が、私を看守みまもつてゐるだらう。
それはあつさりしてても笑はない、叔父さんのやうであるだらう。
神様が気層の底の、魚を捕つてゐるやうだ。
 
空が曇つたら、蝗螽いなごの瞳が、砂土の中に覗くだらう。
遠くに町が、石灰みたいだ。
ピョートル大帝の目玉が、雲の中で光つてゐる。