山羊の歌 中原中也

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 黄昏
 
 
 
 

渋つたほの暗い池のおもてで、
寄り合つた蓮の葉が揺れる。
蓮の葉は、図太いので
こそこそとしか音をたてない。
 
音をたてると私の心が揺れる、
目が薄明るい地平線をふ……
黒々と山がのぞきかかるばつかりだ
――失はれたものはかへつて来ない。
 
なにが悲しいつたつてこれほど悲しいことはない
草の根の匂ひが静かに鼻にくる、
畑の土が石といつしよに私を見てゐる。
 
――つひに私は耕やさうとは思はない!
ぢいつと茫然ぼんやり黄昏たそがれの中に立つて、
なんだか父親の映像が気になりだすと一歩二歩歩みだすばかりです