身上話
著者:森 林太郎 読み手:山城 美奈 時間:28分31秒
﹁御勉強。﹂
障子の外から、小聲で云ふのである。
﹁誰だ。音をさせないで梯を登つて、廊下を歩いて來るなんて、怪しい奴だな。﹂
﹁わたくし。﹂
障子が二三寸開いて、貧血な顏の切目の長い目が覗く。微笑んでゐる口の薄赤い唇の奧から、眞つ白い細く揃つた齒がかがやく。
﹁なんだ。誰かと思つたら、花か。もう手紙の代筆は眞平だ。﹂
﹁あら。いくらの事だつて、毎日手紙を出しはしませんわ。﹂
﹁毎日出すとも、一時間に一本づつ出すともするが好い。己はもう書かないと云ふのだ。﹂
﹁ひどい事を仰やるのね。たつた一遍しきや書いて下さらない癖に。﹂
﹁一遍で澤山だ。﹂
﹁そんなにお厭なの。﹂・・・