風立ちぬ 死のかげの谷
著者:堀 辰雄 読み手:阿蘇 美年子 時間:47分23秒
死のかげの谷
一九三六年十二月一日 K・・村にて
殆ど三年半ぶりで見るこの村は、もうすっかり雪に埋まっていた。一週間ばかりも前から雪がふりつづいていて、けさ漸っとそれが歇んだのだそうだ。炊事の世話を頼んだ村の若い娘とその弟が、その男の子のらしい小さな橇に私の荷物を載せて、これからこの冬を其処で私の過ごそうという山小屋まで、引き上げて行ってくれた。その橇のあとに附いてゆきながら、途中で何度も私は滑りそうになった。それほどもう谷かげの雪はこちこちに凍みついてしまっていた・・・