遺伝
著者:小酒井 不木 読み手:吉江 美也子 時間:14分2秒
﹁如何いう動機で私が刑法学者になったかと仰しゃるんですか﹂と、四十を越したばかりのK博士は言った。﹁そうですねえ、一口にいうと私のこの傷ですよ﹂
K博士は、頸部の正面左側にある二寸ばかりの瘢痕を指した。
﹁瘰癧でも手術なすった痕ですか﹂と私は何気なくたずねた。
﹁いいえ、御恥かしい話ですが……手っ取り早くいうならば、無理心中をしかけられた痕なんです﹂
あまりのことに私は暫らく、物も言わずに博士の顔を見つめた。
﹁なあに、びっくりなさる程のことではないですよ。若い時には種々のことがあるものです。何しろ、好奇心の盛んな時代ですから、時として、その好奇心が禍を齎らします・・・