孟母断機
著者:上村 松園 読み手:後藤 司 時間:8分3秒
﹁その父賢にして、その子の愚なるものは稀しからず。その母賢にして、その子の愚なる者にいたりては、けだし古来稀なり﹂
わたくしは、かつてのわたくしの作﹁孟母断機﹂の図を憶い出すごとに、一代の儒者、安井息軒先生の、右のお言葉を連想するを常としている。
嘉永六年アメリカの黒船が日本に来て以来、息軒先生は﹁海防私議﹂一巻を著わされ、軍艦の製造、海辺の築堡、糧食の保蓄などについて大いに論じられ――今日の大問題を遠く嘉永のむかしに叫ばれ、その他﹁管子纂詁﹂﹁左伝輯釈﹂﹁論語集説﹂等のたくさんの著書を遺されたが、わたくしは、先生の数多くの著書よりも、右のお言葉に勝る大きな教訓はないと信じている・・・