快走
著者:岡本 かの子 読み手:大栗 幸子 時間:19分9秒
中の間で道子は弟の準二の正月着物を縫い終って、今度は兄の陸郎の分を縫いかけていた。
﹁それおやじのかい﹂
離れから廊下を歩いて来た陸郎は、通りすがりにちらと横目に見て訊いた。
﹁兄さんのよ。これから兄さんも会社以外はなるべく和服で済ますのよ﹂
道子は顔も上げないで、忙がしそうに縫い進みながら言った。
﹁国策の線に添ってというのだね﹂
﹁だから、着物の縫い直しや新調にこの頃は一日中大変よ﹂
﹁はははははは、一人で忙がしがってら、だがね、断って置くが、銀ぶらなぞに出かけるとき、俺は和服なんか着ないよ﹂
そう言ってさっさと廊下を歩いて行く兄の後姿を、道子は顔を上げてじっと見ていたが、ほーっと吐息をついて縫い物を畳の上に置いた・・・