日本婦道記 糸車
著者:山本 周五郎 読み手:大栗 幸子 時間:44分33秒
一
﹁鰍やあ、鰍を買いなさらんか、鰍やあ﹂
うしろからそう呼んで来るのを聞いてお高はたちどまった。十三四歳の少年が担ぎ魚籠を背負っていそぎ足に来る、お高は、
﹁見せてお呉れ﹂
とよびとめた。籠の中にはつぶの揃った五寸あまりあるみごとな鰍が、まだ水からあげたばかりであろう、ぬれぬれと鱗を光らせてうち重なっている、思いだしたようにはげしく口を動かすのもあり、とつぜんぴしぴしと跳ねあがるのもあって、千曲川のみずの匂いが面をうつような感じだった、
﹁五十ばかり貰いましょう﹂
そう云ってから容れ物のないことに気がついた・・・