マリ・デル
著者:アントン・チェーホフ/神西 清 訳 読み手:まあき、マナミン、ジョン酒巻 時間:19分4秒
その晩は身体があいていた。オペラの歌姫のナターリヤ・アンドレーエヴナ・ブローニナ︵嫁入り先の姓で言えばニキーチナだが︶は、全身を安息にうち任せて寝室に横になっていた。彼女は快い夢見ごこちのうちに、どこか遠い町にお祖母さんや伯母さんと一緒に暮している自分の小さな娘のことを思い浮べる。……彼女にとっては見物や花束や新聞の短評や贔負の人々よりも、この子供の方がよっぽど大切だった。子供のことなら夜明けまで思いつづけていてもよかった。彼女の心は幸福と平和でいっぱいになっている。ただ一つの願いは、こうして誰にも邪魔されずに横たわって、まどろむともなく自分の小さな娘を夢みていることだけであった・・・