妙な話
著者:芥川 龍之介 読み手:アン荻野 時間:20分5秒
ある冬の夜、私は旧友の村上と一しょに、銀座通りを歩いていた。
﹁この間千枝子から手紙が来たっけ。君にもよろしくと云う事だった。﹂
村上はふと思い出したように、今は佐世保に住んでいる妹の消息を話題にした。
﹁千枝子さんも健在だろうね。﹂
﹁ああ、この頃はずっと達者のようだ。あいつも東京にいる時分は、随分神経衰弱もひどかったのだが、――あの時分は君も知っているね。﹂
﹁知っている。が、神経衰弱だったかどうか、――﹂
﹁知らなかったかね。あの時分の千枝子と来た日には、まるで気違いも同様さ。泣くかと思うと笑っている。笑っているかと思うと、――妙な話をし出すのだ。﹂・・・