︵1︶石内都著﹃ひろしま﹄︵集英社、08年刊︶ 被爆死した人たちの遺品を撮影した写真集。女性の衣服の美しさに驚く。そこには﹁美しく撮る﹂という写真家の強い意志がある。原爆を扱う表現を長く縛ってきた﹁こうあるべき﹂という規範を軽々と乗り越え、﹁過去﹂と﹁いま﹂を鮮烈に結びつけた。アートのもつ力を再認識させる一冊。
︵2︶桐野夏生著﹃OUT﹄︵講談社、97年刊︶ 女性が主人公のクライムノベルの世界的傑作。﹁弁当工場のパート主婦﹂という器の中に、よくぞここまで繊細で凶暴で複雑な人格を入れ込み、壮大なドラマを作り上げたと感嘆。文学史上最も魅力的な犯罪者のうちの一人だと思う。
︵3︶ローラン・ビネ著﹃HHhH︵エイチエイチエイチエイチ︶ プラハ、1942年﹄︵高橋啓訳、東京創元社、13年刊︶ ナチの高官ハイドリヒの暗殺を描きつつ、﹁歴史を物語ることは可能なのか﹂という問いを物語そのものの中に織りこんでいく手法の斬新さに目を見張った。歴史の時間を現在に引き寄せ、死者の声を響かせる終盤は圧巻で、思わず涙した。
︵4︶田中克彦著﹃ノモンハン戦争﹄︵岩波新書、09年刊︶ モンゴルの側からノモンハン事件を描く。死者たちへの敬意にもとづく公平な視点と、執念にも似た事実の探究が、歴史を見る目を一変させる。
︵5︶永田和宏著﹃歌に私は泣くだらう﹄︵新潮社、12年刊︶ 最も身近にいた人による歌人・河野裕子の評伝。夫から妻への、長大な挽歌︵ばんか︶であり鎮魂歌でもある。=朝日新聞2019年7月3日掲載
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