トップリーダーかく語りき
どう計算しても、億単位の利益が見込めた
アイスタイル社長兼CEO 吉松徹郎氏に聞く(後編)
日本最大級の化粧品口コミサイト「@cosme」(アットコスメ)を運営するアイスタイル。アクセンチュアを退社し、仲間とともに同社を起業した吉松徹郎氏は、もともと起業を考えていたわけではなく、資金的にも人的にもゼロに近い状態からのスタートだった。そこからいかにして現在のビジネスを立ち上げていったのか。(構成/曲沼美恵)
大学を卒業された後、アンダーセンコンサルティング︵現アクセンチュア︶に入社されていますね。最初から起業するつもりだったんでしょうか。
吉松‥いいえ、そんなつもりは全くありませんでした。就職したのは1996年で、ちょうど就職氷河期が始まった頃。学生の間には安定志向が強まっていった時期で、商社や金融機関を目指す友達も多くいました。
だけど、僕自身はそういう流れに違和感があって、メーカーの内定を蹴って就職浪人したんです。当時、コンサルティング会社というのはそんなにメジャーでもなかったんですが、それを目指している人たちの話を聞くと、﹁10年後には同期の100人に1人しか残らないくらい厳しい世界だ﹂と言う。だったら、そこで生き残れるくらいのスキルを身に付けた方がいいんじゃないかと思って入社しました。
吉松徹郎︵よしまつ・てつろう︶氏
1972年生まれ。茨城県出身。東京理科大学卒業。96年、アンダーセンコンサルティング︵現アクセンチュア︶入社。99年、アイスタイルを設立し、社長に就任。同年12月、化粧品口コミサイト﹁@cosme﹂をオープン。2000年に株式会社化。ニュービジネス協議会主催﹁第6回ニュービジネスプランコンテスト﹂優秀賞、﹁日経インターネットアワード2002ビジネス部門﹂日本経済新聞社賞など受賞歴多数。2012年3月に東京証券取引所マザーズに上場。同年11月東証1部へ市場変更︵写真‥菊池一郎、以下同︶
「プロ意識」をたたき込まれたコンサル時代
システムコンサルティング的な仕事が多かったため、入社して半年間はプログラミングやデータベース周りのことを勉強させられました。配属されたのは、ローカルガバメントを担当する部署。県庁のデータベースや学校法人の会計システムを作る仕事がほとんどでした。当時はそれが嫌で仕方がなかったんですけれども、起業したばかりの頃は、それがものすごく役に立ちました。ウェブサーバーを立て、データベースサーバーをつくり、データテーブルを入れて、という作業を、最初はすべて自分でやっていましたから。
今の経営に生きているという意味では、どんなことを学びましたか。
吉松‥死ぬほど働くということでしょうか︵笑︶。今でも覚えているのは、入社1年目のときのこと。夜の11時に帰ろうとしたら、先輩に呼び止められたんです。﹁俺とおまえの差はこんなにあって、俺が仕事をしていないときに働いてようやくその差が埋まるのに、おまえはもう帰るのか?﹂と。要するに、﹁おまえはプロフェッショナルになりたいのか、それとも、サラリーマンになりたいのか?﹂と問われていた。そういうプロ意識みたいなものは、アクセンチュア時代にたたき込まれたと思いますね。
入社して3年目に起業しますが、何かきっかけはあったのでしょうか。
吉松‥その頃にはようやく自分はコンサルティング業界で生きていけるかなという手応えみたいなものは感じていました。一方、同期で入社した仲間がポロポロと会社を辞めていったのも、同じ時期です。
辞めた仲間が興したベンチャー企業に遊びに行くと、ひたすらドメインチェックをしているんですね。試しに自分もやってみたら、﹁cosme﹂というビッグワードが空いていた。というのも、コスメって和製英語だったんです。英語だと﹁cosmetics﹂が正式ですから。
せっかくそんなビッグワードが空いているんだったらドメインを取っておこうと思い、せっかくドメインを取ったんだからということで、とりあえず事業計画をつくってみたんです。そしたら、どう計算しても億単位の利益が見込める。
化粧品業界は当時、1兆5000億円の市場規模に対して3000億円もの広告宣伝費をかけていました。そこにインターネットが入ってくれば、かなり効率化できる。それだけ潤沢なマーケティングコストをかけている業界ならば、1%を取れただけでも30億円は見込めるはず。10%なら300億円になります。これはもうやるしかないでしょう、ということで会社をつくりました。
休暇制度で手伝わせていたら人事部から呼び出し
起業のための資金は?
吉松‥ちょうど結婚資金として親から借りた400万円が手元にありましたので、そのうち300万円を資本金にして有限会社を立ち上げました。
お金がないから人を採用するのも難しくて、最初の頃は元の会社の仲間に随分と助けてもらいました。当時は﹁この指とまれ﹂じゃないですが、面白いことをやっていると、それに興味ある人間が集まってきたんです。それをいきなり社員にはできないから、どんどん仕事を投げていった。
仕事を渡すと、真面目な人間ほどちゃんと返してくるんです。真面目すぎて仕事を抱えちゃう人間って、大企業では評価されないことも多いんですけど、立ち上がったばかりのベンチャーには、そういう人こそ必要なんです。
アクセンチュアには当時、6カ月間の休職制度がありました。もともとが会計事務所でしたから、社員のまま会計士の勉強をできるように、と休暇制度を設けていたんです。それを使って前の同僚を片っ端から休職させて手伝わせていたら、人事部から呼び出しをくらいましたけど︵笑︶。それくらい牧歌的な時代でしたし、手伝いに来てくれた仲間も﹁インターネットって何だろう﹂﹁それで何ができるのか﹂と興味津々で、それを勉強したい気持ちがあったと思います。
報酬はどうされていたんですか。
吉松‥最初のうちは自転車をあげるからとか、﹁PlayStation 2﹂をあげるからとか、そんなので釣っていましたね。今のようにSNSもなく、勉強したかったら自分で足を運ぶしかない時代でしたから、それも良かったのかもしれない。
ただし、今の若い人がダメっていうわけじゃないんです。彼らは私たち以上にものすごい経験と情報量を持っていますから、彼らが30代、40代になったときに僕たちの方がむしろ、彼らに学ばないといけなくなるかもしれない。そういう焦りは切々と感じています。
今後はどういった事業展開をしていくつもりですか。リアルな店舗を拡大していくのか、それとも、OEM︵相手先ブランドによる生産︶で自社ブランドを製造するなどしていくのか。
吉松‥両方あると思います。日本市場において僕たち自身がメーカーになるつもりは全くないんですけれども、日本のメーカーが商品を海外向けに展開したい場合、それをリバイスすることは考えています。要は他言語に翻訳するような作業ですが、そこに僕らがお手伝いできることがあるだろうと思います。
﹁@cosme﹂は音楽業界で言う﹁ビルボード﹂と同じ
化粧品のマーケットは出版と同じで、大手は海外へ出ていけるけれども、中小はなかなか出ていけない。ただし、中小でもいい商品を持っている会社はたくさんありますから、僕らはできるだけそれを担いで出ていきたいと思っているんですね。メーカーが在庫リスクを持てないならば、我々がそのライセンスを受けてOEM的な機能を担ってもいい。いずれにしても、﹁@cosme﹂がブランド化していますから、これは利いてくると思います。
僕らはよく、「@cosme」は音楽業界で言う「ビルボード」と同じだよ、と言っています。ビルボードを見たことがない人でも、それが米国で最も権威のある音楽チャートであることは知っている。レコード店の洋楽コーナーに行って、ビルボードのトップ100だとポップに書かれていたら、「なるほど、全米では今、これが人気なのか」と分かる。化粧品も同じで、「@cosme」のランキングが仕入れのデータになり、お客さんへとつながっていく。
僕らのビジネスはデータベースが基本だとお話ししましたが、ネットで人気のものがリアルな店舗で売れるのが本来の理想。しかし、現実はそうなっていません。なぜなら、初期ロットの多い商品に販促費がつき、小売店の多くは販促費がついたものを棚に置きたがる。そうすると、Aというドラッグストアであろうが、Bというドラッグストアであろうが、品揃えはほぼ同じになります。値下げ販売しやすいものを仕入れていかに店舗在庫率を下げるか、が勝負になっている。
僕らはそうではなく、仕入れ値は高くてもいいという考え方です。いかにフリークエンシー︵特定のインターネット広告と特定の個人の接触頻度を示す値︶を高くして、コンバージョン率︵ウェブサイトへのアクセス数、またはユニークユーザーのうち、何割が商品購入や資料請求などの最終成果に至るかの割合を示す指標︶を上げるかという、ネット的な発想で動いています。つまりは、消費者の声をいかにネットからリアルに反映させていくか、ということを積み重ねながらやってきました。
おかげさまで、今、店舗での売り上げが全体の売り上げの半分、利益にしても営業利益率の10%近くを占めるようになりました。しかし、重要なのは小売り部門の売り上げを伸ばすことではなく、ネットのデータとリアルの行動をつなげて、うまく仕組み化していくこと。我々がそのバランスを取りながら、市場をデザインしていければいいと思っています。
靴下専門店の全国チェーン「靴下屋」を一代で築いたタビオ創業者、越智直正氏の人生訓。15歳で丁稚奉公を始めてから60年、国産靴下に懸ける尋常ならざる熱情を語り、経営の王道を説く。『靴下バカ一代』は好評販売中です。詳しくはこちらから。
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