2014年7月、日本マクドナルドホールディス(HD)は危機的状態に転落した。「チキンマックナゲット」を製造していた提携先の中国工場が、使用期限切れ鶏肉を使っていたことが発覚。それ以降、同社は不振のどん底に陥った。翌15年1月には異物混入事件が起きて客離れが加速。同月の既存店売上高は前年比38.6%減、その後も20%台のマイナスが続き、15年12月期は約234億円の営業赤字、約349億円の最終赤字に転落した。
チキン事件から約3年。日本マクドナルドHDの業績は急速に回復しつつある。8月9日の17年1~6月期の決算会見で、サラ・カサノバ社長兼CEO(最高経営責任者)は「上半期としては1店舗当たりの売上高が01年の上場以来、最高になった」と胸を張った。通期の最終利益も従来予想の145億円から200億円へと今年2度目の上方修正をした。達成すれば上場以来の最高益を更新する。
急速なV字回復を果たしつつある日本マクドナルド。日経ビジネスオンラインでは本日から連載で、特集「マクドナルド V字回復は本物か?」をスタートする。カサノバCEO(最高経営責任者)を含む同社のキーマンへの取材を通じて、その真相に迫る。第1回は、足立光マーケティング本部長のインタビュー前編。知られざる「ニュース量産」の舞台裏が明かされた。
![<b>足立光(あだち・ひかる)氏</b><br />日本マクドナルド上席執行役員マーケティング本部長。一橋大学商学部卒業後、P&Gジャパン、ブーズ・アレン・ハミルトン、ローランドベルガー、ヘンケルグループ傘下のシュワルツコフヘンケル、ワールドの執行役員国際本部本部長などを経て、2015年10月からチキン事件と異物混入問題でどん底にあった日本マクドナルドに入社。「再建屋としてやりがいを感じで入社を決断した」と話す(写真:竹井 俊晴)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/interview/16/090800019/090800001/p1.jpg?__scale=w:500,h:333&_sh=0c902b09c0)
ミッションは売り上げ拡大、来客数と客単価増やすこと
当時、カサノバ社長からはどのようなミッションを伝えられましたか。 足立‥マクドナルドのマーケティングの役割は基本的に、お客様を呼んでくることと、売り上げを増やすことです。この2つをなんとかすることが、私に与えられたミッションでした。 普通、再建屋のミッションは利益を出すことなんですが、私には利益についての注文はあまりありませんでした。私が入社するまでにコスト削減策はある程度終わっていて、リストラも1回実施していました。不採算店の閉店なども進んでいたので、あとは売り上げに集中しなさいと。そこは明確でした。 これはグローバルでも同様で、マクドナルドのマーケティングのミッションは売り上げと顧客数を増やすことなんですよ。利益を求めない珍しいマーケティングです。もちろん、売上高を増やしても利益が出なかったら意味がないので、自分としてはきちんと利益も出る形での売り上げ向上を目指してきました。 例えば全国的なプライスキャンペーンは昨年、1回しかやっていません。2011年ごろは年間13、14回、全国的なプライスキャンペーンをしていましたから、大きな違いです。 今のマーケティングでは、価格訴求はしていません。それが僕の中で言う利益の話なんです。一方、客数×客単価で売り上げを作る。つまり、客数だけではなく、客単価も同時に上げたかったんですよ。 価格訴求に意味がないということではありません。確かに、客数に効くことは分かっています。しかし、それだけやっていてもブランド価値には全く寄与しないし、何より利益には結びつきません。過去の経験からも、価格訴求だけで客数を増やしても長続きしないことは分かっていました。マクドナルドを価格訴求から高付加価値の会社に変える
それはご自身の経験ですか。それともマクドナルドの過去の教訓ですか。 足立‥両方です。マクドナルドは過去、2010~2011年は価格訴求で業績を伸ばしてきました。しかし、ブランド的に良かったのかと言うと、決してそうではありません。私がかつていたヘンケルも同様でした。ですから、マクドナルドを価格訴求の会社から高付加価値の会社へと変えることを目指したのです。 確かにマクドナルドの長い歴史を見ると、2000年代には100円バーガーなど低価格を売りにしたキャンペーンを実施してきた印象が強いです。 足立‥そうですよね。その前には、390円の39︵サンキュー︶セットなどがありました。ただし、﹁価格訴求をしない﹂という意味を誤解しないでほしいのは、﹁値上げをする﹂という話ではないということです。すごく低価格ではなくとも、ちゃんとたくさんのお客さんに来ていただけるように価格と価値のバランスを磨くということです。 昨年は比較的、値段が高めのハンバーガーを期間限定品として発売しました。今年もそうです。一方で、﹁バリューランチ﹂や﹁おてごろマック﹂など、コストパフォーマンスがいい商品のニュースを途切れさせないようにしています。﹁高付加価値﹂と﹁バリュー﹂の両方に力を注いでいるのです。そうしないとマクドナルドがマクドナルドでなくなってしまいますから。マクドナルドは「まじめ」な会社
![「業績が最悪にも関わらず社員は『いい人』ばかりで驚いた」と話す足立光本部長(写真:竹井 俊晴)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/interview/16/090800019/090800001/p2.jpg?__scale=w:300,h:431&_sh=0ed09004e0)
﹁裏メニュー﹂、やってもオーケー
3つ目の驚きは、マーケティングに関して自由度が高いことです。米国系企業のマーケティングは本社からの締め付けが強いパターンが多いのですが、かなりラティチュード︵自由︶でした。 ﹁ビッグマック﹂﹁フィレオフィッシュ﹂﹁ダブルチーズバーガー﹂など、世界共通の商品には全く触れられないのですが、期間限定品は日本法人の裁量でほぼ自由に開発できますし、コマーシャルもキャンペーンもほぼ自由にやらせてもらえるのは結構、意外でした。だから、すごく自由な会社だなという印象でした。普通の外資系の子会社ではあり得ないなと。それは多分、ここが米本社に対してフランチャイジー︵加盟者︶だからかもしれませんけど。 一見すると、世界中どこのマクドナルドも同じですから、かなり本社の意向が強く、厳しく管理されていると思っていましたが、実際は自由だったんです。 例えば、16年2月に﹁名前募集バーガー﹂を実施しました。﹁北海道産ほくほくポテトとチェダーチーズに焦がし醤油風味の特製オニオンソースが効いたジューシービーフバーガー﹂という仮の名前で出した新商品について、商品名をお客さんから募集して決めるというキャンペーンでした。 こんなこと認められるのかなと思いましたが、実際にはやらせてもらった。﹁やってもいいんだ、ふーん﹂って感じでしたね。 ボリュームの多い﹁グランドビッグマック﹂を発売したときは、コマーシャルに横綱の白鵬関を採用しました。大きいことをイメージしてもらう戦略でしたが、米国では肥満の問題が深刻ですから、本社に対しては良くないイメージを与えるかもしれないと心配しましたが、これもオーケーをもらいました。 そのほか、トッピングを選べる﹁裏メニュー﹂のキャンペーンも問題なく実施できました。米本社はネーミングや商品パッケージについては決済しますが、裏メニューについては確認程度でしたね。﹁問題ないね、いや、問題はあるかもしれないけど、いいね﹂という具合です。 一応、米本社にキャンペーンの内容を伝えておく理由は、日本のマーケティングをSNS︵交流サイト︶を主としたものに変えたので、日本で話題になると世界にも拡散するからです。そうなると、一応、米本社の耳にも入れておいた方がいいですからね。日本のSNSの浸透ぶりを世界のマクドナルドが理解しているわけでもありませんし。1年で結果を出さなければ「はい、さようなら」
商品に﹁背徳感﹂が欠けていた
一方で、再建屋としてマクドナルドに来て、まず、何を変えなくてはいけないと考えましたか。 足立‥1つは、マーケティングで打ち出す内容です。これまでは期間限定品を発売するのが主なマーケティング活動でしたが、その中身がマクドナルドの価値に合っていないなと思いました。当時は、健康面をアピールするような打ち出しもありましたから。 やはり、マクドナルドは、以前のインタビューでもお話したことがありますが、深夜のラーメンと一緒で、﹁本当は食べちゃいけないけど、おいしいから食べちゃった﹂、そういう“背徳感”も重要だと思うんですよね。これを言うと社内で怒られちゃうんですが︵笑︶。ようするに、おいしくないと背徳感にならないので、おいしさへの訴求ですよね。﹁すごく、うまい﹂という打ち出しです。それがちょっと弱いと思いました。 ですから、期間限定品についてはそうしたマクドナルドらしさに、打ち出す内容を思い切り振りました。 もう1つは、期間限定品に対する考え方ですね。﹁期間限定品=マーケティング﹂と言いましたが、実は期間限定品の売上高は全体の3割程度しかないんですね。つまり、期間限定品の売り上げを1割伸ばしても、全体の3パーセントの伸びにしかならない。必要なのは期間限定品ではなく、売り上げの7割を占めるレギュラー品の底上げです。そうしなければ収益の改善は見込めません。 期間限定品を次々に出してなんとか集客をしているだけだと収益も改善しないし、自転車操業になってしまいます。毎月、毎月、やりますからね。今月よくても、来月もいい保証は全くない。 そうした状況はとても嫌でした。だから、レギュラー品をてこ入れする戦略に、私が入社して大きく変えました。 レギュラー品のテコ入れを狙って実施したのが、実は﹁裏メニュー﹂であり、﹁怪盗ナゲッツ﹂であり、﹁総選挙﹂です。今年は﹁グラン﹂﹁ヤッキー︵しょうが焼きバーガー︶﹂などです。いずれもレギュラー品の改良です。 レギュラー品については過去、長いことあまりキャンペーンをしていませんでした。つまり売り上げの7割を占める通常商品について、我々はちゃんとマーケティングをしてこなかったということなんです。ですから定番商品についてもしっかりマーケティングしましょうと。全然、特殊なことじゃないですよね。ニュースがなくてもニュースを作る
裏メニューも同様で、単に定番商品のトッピングを選べるというキャンペーンです。だた、トッピングと言ってしまったら絶対に売れないのは分かっていたので、裏メニューと名付けました。総選挙も某グループの真似ですよね。こうしたキャンペーンを打ち出せば、お客さんが食べに行く動機になりますよね。
![2016年1月に発売して大ヒットした「マックチョコポテト」。ポテトとチョコレートの意外な組み合わせが消費者に受けた](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/interview/16/090800019/090800001/p3.jpg?__scale=w:500,h:385&_sh=03c02101d0)
マクドナルドは“インパルスビジネス”
―─一方で消費者ニーズの変化に合わせて、定番商品の味自体を変えていくことはしていますか。 足立‥その点については社内にかなりの経験の蓄積があり、大きく変えたことはないですね。打ち出し方、商品の見せ方はいろいろと変えましたが。私たちの商品は奇をてらうと売れないんですよ。お子様からお年寄りまですべての客層がターゲットですから。 ですから、定番商品の新製品はないんです。既存の商品の販促のためにお客様に参加してもらって楽しんでいただくことに注力しています。 コストパフォーマンスの高さ、お買い得感を維持しながらも﹁ハンバーガーならマクドナルドだよね﹂と消費者に思ってもらわないといけない。他社との違いを打ち出さないと、競争に勝てないと思います。そこはどのようにお考えですか。例えば素材と味にこだわった高級バーガーのような打ち出しも方もあります。 足立‥正直、あまり考えていません。なぜなら、ほかの高級ハンバーガー店とは競合しているとは考えていないからです。価格帯も違うし、利用する機会も異なります。店舗数も違いますので。 一方、同じ価格帯のほかのハンバーガーチェーンとも競合しているとは思いません。マクドナルドと他店のどちらにするか悩むほど、ハンバーガー店自体の数が多くないですから。消費者にとってあまり選択肢がないですね。選択肢になり得るのはコンビニエンスストアのハンバーガーくらいです。 ですから、私たちは他のハンバーガー店と競合しているのではなく、回転ずし、中華レストラン、コンビニエンスストアなど飲食関係全てと競合していると思っています。胃袋に入るもの全てですね。外食や中食だけではなく、自宅で作るご飯であっても僕の中では立派な競合だと思っています。 日本人はハンバーガー自体、そんなに頻繁には食べないですよね。食べても月に数回程度。そのほかのほとんどの日はそれ以外の食事をしています。 マクドナルドは“インパルスビジネス”なんです。“ディスティネーションビジネス”ではなく。フランス料理店などの高級店なら、事前に予約を入れますよね。これは、目的地=デスティネーションに選んでもらうビジネスです。しかし、マクドナルドは予約しません。さあ、今からどこで食事しようかと思った時に頭に浮かんでくる。つまり、衝動=インパルスで選んでもらえるかがカギなんです。 お客様のインパルスが起きる確率をいかに高めるか。それがマクドナルドのマーケティングで最も重要なことです。そのために面白いキャンペーンをたくさん実施しているのです。登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
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