宇宙開発の新潮流
地球の上で快哉を叫んだテスラ・ロードスター
米スペースX、巨大ロケットファルコン・ヘビーの打ち上げに成功
テスラ・ロードスターが宇宙を駈けた。
米スペースXは米東部時間2月6日午後3時45分(日本時間2月7日午前5時45分)、フロリダ州の米航空宇宙局(NASA)ケネディ宇宙センターから、新型の大型ロケット「ファルコン・ヘビー」初号機の打ち上げに成功した。
かつてスペースシャトルが打ち上げられた「39A」射点から上昇するファルコン・ヘビー(画像:SpaceX)
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打ち上げ動画像︵SpaceX︶。カメラワークの見事さも要注目だ。本当にスペースXは、ネットでの効果的な情報公開のやり方を心得ている。
成功したのは打ち上げだけではない。燃焼を終了した2本のブースターも、ケネディ宇宙センターに逆噴射により無事着陸して回収に成功した。一方、沖合いに展開したプラットホーム船に着陸する予定だった第1段(コアステージ)は、逆噴射用推進剤が不足したためプラットホーム船横の海面に激突し失われている。
ケネディ宇宙センターの着陸場に2本同時着陸するファルコン・ヘビーのブースター。SF映画で観たような光景が現実のものとなった(画像:SpaceX)
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第2段の上には、打ち上げ能力確認用のダミーペイロードとして米テスラの電気自動車、テスラ・ロードスターが搭載されていた。その第2段は2回の噴射で地球周回軌道に入り、打ち上げから6時間後に第3回噴射により、火星軌道を超え、小惑星帯にまで到達する太陽周回軌道へと投入された。
ベタではあるが、テスラ・ロードスターは文字通り宇宙を駈ける最初の市販自動車になったのだった。
フェアリング内に搭載されたテスラ・ロードスター(画像:SpaceX)
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このファルコン・ヘビーの成功は、2010年以来スペースXが進めてきたロケット、ファルコン9シリーズの開発にとって大きなステップだ。商業打ち上げには、﹁静止軌道への衛星直接投入﹂というメニューが用意されることになる。
同時にファルコン・ヘビーは、大型の偵察衛星などを打ち上げている米国の安全保障分野の官需打ち上げにスペースXが食い込むための武器となるだろう。
さらに、この巨大な打ち上げ能力を生かせば、地球から離れた外惑星や、非常に行きにくい水星に比較的短期間で到達できるので、太陽系探査には長期的に大きな貢献となるはずだ。
それら現実の効果以上に、今回スペースXが成し遂げたのは、世界中の宇宙開発に対しての大きなメッセージの発信だ。ネットに配信されたロードスターの磨き上げられた赤い表面に地球が写る、大変印象的な、また挑発的な映像を、ネットを通じて配信したのである。﹁なにをぐずぐずしている。人類はこれだけのことができる力を持っているのだ﹂――。
現行世界最大の打ち上げ能力を持つロケット
ファルコン・ヘビーは、本体直径3.66m、全高69.2m、打ち上げ時重量が1400トンの大型ロケットだ。基本的な構成は、スペースXの主力ロケットであるファルコン9と同等の第1段の横に、同じく第1段相当のブースターを2本装備するというもの。ファルコン9の能力増強型と言って良い。
開発開始当初は、ファルコン9の1段をそのまま第1段とブースターで使用する予定だったが、最終的に第1段はファルコン9とかなり設計の異なるものとなった。ブースターはほぼ当初の予定通りで、今回は過去に実際に打ち上げで使用・回収したファルコン9第1段に小改修を加えて使用している。
ファルコン9の第1段は9基の﹁マーリン1D﹂エンジンを装備しているので、ファルコン・ヘビーは27基ものエンジンの噴射で離床することになる。
エンジン数だけを言うなら、旧ソ連が第1段に30基ものエンジンを装備した有人月ロケット﹁N-I﹂というモンスターがある。1969年から1972年にかけて4回の試験打ち上げを行っているがいずれも失敗だった。これほどの多くのエンジンを使ったロケットで、打ち上げに成功したのはファルコン・ヘビーが初めて、ということになる。
打ち上げ能力は、地球低軌道に最大63.8トン。これは日本のH-IIA︵地球低軌道に10トン︶の6倍以上だ。
米国で比べても現行最大の﹁デルタ4ヘビー︵地球低軌道28.8トン︶﹂の2倍以上の能力で、アポロ計画に使用したサターンV︵地球低軌道118トン︶に次ぐ大きさである︵スペースシャトルはオービター込みでは120トン以上を打ち上げていたが、約70トンのオービターは帰ってきてしまうので、打ち上げ能力としては20トン程度となる︶。
ただしこの最大打ち上げ能力は、ブースターと第1段を使い捨てにした場合の数字だ。実際にはブースターは打ち上げ地に戻して逆噴射による着陸で、第1段は洋上に配置したプラットホーム船に同じく逆噴射で着陸させてそれぞれ回収する。回収を行った場合の打ち上げ能力は非公表だが、それでも最大打ち上げ能力の半分前後の30トン以上を打ち上げられると推定されている。
2018年2月時点でスペースXが公表しているファルコン・ヘビーの打ち上げ価格は9000万ドル︵1ドル110円として99億円︶と、H-IIAとほぼ同等だ。ちなみにH-IIAは打ち上げ費用85億円以下を目標として開発された。しかし、その後の打ち上げでは100億円前後の費用がかかっていると公表されている︵商業打ち上げ時の具体的価格は非公表︶。
この9000万ドルという価格は﹁静止トランスファー軌道へ8トン打ち上げの場合﹂と注記されており、ブースターと第1段を回収した場合のようである。この場合の静止衛星の打ち上げ能力はH-IIAの2倍ということになる。打ち上げの重量単価はH-IIAの約半分というわけだ。
2011年に開発を開始し、当初は2014年の初打ち上げを予定していた。しかし開発は難航し、何度も遅延を繰り返した。当初設計はファルコン9第1段を3機束ね、ブースターと第1段のタンクを配管で結合してブースター側の推進剤から使用するクロスフィードという技術を使うというものだったが、実際にはブースターからの力がかかる第1段はファルコン9の第1段のままでは済まず、大幅な設計変更を行わねばならなかった。その過程でクロスフィードもキャンセルとなった。しかもファルコン・ヘビーの開発中も、基本となるファルコン9は矢継ぎ早の改良が続いていたので、ファルコン・ヘビー開発の計画管理は相当な難事であったろうと推察できる。
静止軌道への衛星直接投入が可能=儲けの拡大
今回の成功は、これまで﹁たかがベンチャー﹂とスペースXの技術開発を懐疑の目で見る傾向があった既存の宇宙産業にとって、同社が真に高い技術を持っており市場の覇者となる資質を備えていることを嫌でも認めざるを得ないという意義があった。
ブースター2機の同時着陸回収も、打ち上げ後6時間も経った後の第2段第3回噴射も、高度な技術的基盤がなければ不可能である。特に今回ファルコン9も含めて同社の打ち上げでは初めて実施された第2段第3回噴射には、﹁第2段を使って、商業打ち上げにおいて静止衛星を直接静止軌道に送り届ける﹂という新たなサービスが、スペースXのメニューに加わったことを意味する。
ちょっと詳しく説明しよう。
赤道上空3万6000kmの静止軌道への衛星打ち上げでは、ロケットは衛星を静止軌道一歩手前の「静止トランスファー軌道」という長楕円軌道に投入する。そこからは、衛星自体が搭載しているスラスターを噴射して静止軌道に入る。
一方、第2段が長時間︵最低6時間程度︶の間隔を空けた複数回の噴射を行う能力を持っていれば、第2段で静止軌道へ直接衛星を静止軌道に投入することが可能になる。この場合、第2段本体も静止軌道に入るので、その分打ち上げ能力は低下する︵衛星の邪魔にならないようにさらなる噴射で静止軌道から離れる必要もある︶。しかし、衛星側は静止軌道投入時のために推進剤を使わなくてもすむ。
静止衛星は、そのまま放置しておくと、地球が完全な球ではないことによる重力場の非対称性から静止位置がずれていくので、ときどき搭載するスラスターを噴射して軌道位置を補正する。このための推進剤が枯渇した時が﹁静止衛星の寿命﹂となる。
第2段による衛星の静止軌道直接投入が可能になると、その分衛星が持っている推進剤が節約されるので、寿命が長くなるのだ。これは衛星を運用する会社にとって、収益に直結するおいしい話だ。
これまでは、軌道上で何回も再着火可能な﹁ブリーズ﹂﹁フレガート﹂といった上段ロケットを保有するロシアのみが、商業打ち上げにおいて静止衛星の静止軌道直接投入を実施していた。これらの上段は3段式の﹁プロトン﹂や﹁ソユーズ﹂といったロケットに第4段として装着し、軌道上の最適な位置で複数回の噴射を行って、衛星を目的の軌道に投入する機能を持つ。中国も﹁遠征1号﹂﹁同2号﹂という上段を開発済みで、衛星の静止軌道直接投入の能力を持っているものと思われる。
米国は1960年代から軍事静止衛星の打ち上げでは、静止軌道直接投入を行っている。現在は後述するデルタ4ヘビーが﹁セントール﹂上段を使い、軍事衛星の静止軌道直接投入を担っている。
日本はH-IIAのための﹁高度化2段﹂を開発し、第2段の複数回噴射を可能にしているが、現状では静止軌道直接投入ではなく、静止軌道に近いトランスファー軌道への投入に留まっている。
巨大な打ち上げ能力を持つファルコン・ヘビーは、かなり大きな商用静止衛星であっても静止軌道への直接投入が可能と推定される。ファルコン9︵打ち上げ価格は6200万ドル︶との価格差を勘案しても、静止衛星の寿命延長は、カスタマーにとって魅力的だろう。
すでにファルコン・ヘビーはアラブサット、インマルサットなどの商用静止通信衛星の打ち上げを受注している。イーロン・マスクは2016年にネットで一般からの質問に答えた時に、ファルコン・ヘビーの使い方として、﹁静止軌道直接投入は興味深い﹂と言っているが、この時はまだ実際にやるかどうかの検討段階だったのではないかと思われる。既に獲得した打ち上げ受注分では、直接投入を売りにしたのかどうかは不明だが、今後は大きな武器になるに違いない。
年間の打ち上げ回数は少ないので、ビジネスとしては大きくはないものの、太陽系探査にとってもファルコン・ヘビーは大きな福音となる可能性がある。打ち上げ能力が大きいということは、小さな探査機なら高い速度まで加速できるということだ。目的地到着まで10年以上もかかる天王星や海王星などの外惑星、あるいは、太陽に近いので金星スイングバイを何回も繰り返さないと行けない水星などへの探査が、短期間で実施できるようになるかもしれない。
官需に安住していたメーカーにとっては悪夢
もうひとつ、米官需打ち上げの大部分を担っている米ユナイテッド・ローンチ・アライアンス︵ULA︶にとっては、ファルコン・へビーの成功はまさしく悪夢だ。
ULAは米国最大︵ファルコン・ヘビーの登場までは︶の打ち上げ能力を持つデルタ4ヘビーロケットの運用を行っており、同ロケットでしか打ち上げることができない大型の偵察衛星など、安全保障用途の衛星の打ち上げを一手に引き受けていた。しかし今や、スペースXはこの牙城に食い込むことが可能になったのである。
米の安全保障向け大型衛星の打ち上げを一手に行ってきたデルタ4ヘビー(画像:米空軍)
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2011年頃から、スペースXは米官需打ち上げの獲得に向けて積極的な攻勢に出ており、すでに複数の安全保障用途の打ち上げを米政府から受注、実施している。ファルコン・ヘビーによりスペースXの品揃えは米官需を完全にカバーするようになった。デルタ4ヘビーの打ち上げコストは4億ドルとかなり高い。これまでは「安全保障のために絶対に必要」ということで正当化されたこの価格が、9000万ドルで同等の能力を持つファルコン・ヘビーと官需調達でぶつかることになる。
宇宙を飛ぶ真紅のロードスターの挑発
と、ここまで日経ビジネスオンラインの読者が興味を持つであろう宇宙ビジネスに関連したトピックを解説したが、おそらくファルコン・ヘビーの意義はそれに留まらない。
試験打ち上げということもあり、今回のファルコン・ヘビーにはペイロードとして、同じイーロン・マスクCEOが経営するテスラの電動スポーツカー﹁テスラ・ロードスター﹂が選ばれた。試験打ち上げでは打ち上げ能力さえ確認できればいいので、衛星と同重量の重りや水を詰めたタンクなどが使われる。今回は、話題性という意味で、マスクCEOの愛車である赤のロードスターがペイロードとなったわけである。
ロードスターの運転席には、スペースXが有人仕様のドラゴン宇宙船﹁ドラゴン2﹂のために開発している宇宙服が載せられた。それだけではなく、宇宙服には﹁Starman﹂という名前が付けられ、ダッシュボードには﹁Don't panic︵パニックになるな︶﹂と書き込んであった。
前者はデビット・ボウイの曲﹁スターマン﹂から、後者はSFファンや技術者の間でカルト的な人気を誇るダグラス・アダムズのSF小説﹁銀河ヒッチハイクガイド﹂からの引用である。また、マスクCEOは打ち上げ成功後でTwitterで、搭載した電子機器の基板に﹁Made on Earth by humans﹂と記入してあることを明らかにした。
打ち上げ後しばらくの間、スペースXはロードスターの各所に装備したカメラからの映像を、ウェブキャストでネット中継した。第2段は、ゆるやかに回転しながら地球から離れていく。するとロードスターの背後に地球が見えてきて、ぴかぴかに磨き上げられた真紅のロードスターの表面に地球が映るのである。このようなウェブキャストが4時間あまりも続き、世界中の人がネット経由で映像を楽しんだ。
宇宙を飛ぶテスラ・ロードスター︵SpaceX中継よりキャプチャー)。CGのようだが現実の光景である。2枚目、ロードスター表面に地球が映り込んでいる。
この演出こそは、イーロン・マスクCEOとスペースXという会社にとっての真骨頂であろう。
赤いロードスターに映える青い地球という映像は、1968年12月にアポロ8号が撮影した月の地平線から見えてくる地球という劇的な写真と同等以上にショッキングなものだった。スペースXとテスラの両方にとって途轍もない宣伝効果をもたらしたといっていい。特に現在、電気自動車「モデル3」の量産に苦しみ、デリバリー遅延を引き起こしているテスラにとっては大変な大きな意味を持つ宣伝になったと言わねばならない。
同時にスペースXは、全世界に強いメッセージを送ることに成功した。映像である以上その意味は受け取った各自が読み解かねばならない。が、そこには未来へと高速で突き進もうとする強い意志を感じることができたのは間違いないところだ。
世界はスペースXをもう無視できない
若い世代にとって、宇宙を飛ぶテスラ・ロードスターは宇宙への誘惑であろう。﹁すでにこれだけのことができる。もっとすごいことを一緒にやらないか﹂だ。
そして、既存の宇宙機関へは﹁お前達がやらないなら、我々がやる﹂という挑発と考えるべきである。
実際、ULAだけではなく、世界の宇宙機関はすべて、そろそろスペースXの挑戦を﹁跳ねっ返りのお手並み拝見﹂と静観するだけで済すことはできなくなりつつある。このまま行くと、ひょっとすると米航空宇宙局︵NASA︶のSLSも欧州のアリアン6も日本のH3も中国の一連の新世代長征もロシアのアンガラもインドのGSLV Mark IIIも、すべて時代遅れにされかねない。
しかも、アメリカの“ニュースペース”と呼ばれる宇宙ベンチャーは、スペースXだけではない。この後にはAmazonのジェフ・ベゾス率いるブルー・オリジン社の新ロケット﹁ニュー・グレン﹂が2020年初打ち上げを予定しているのである(ベゾス、ロケットでも﹁アマゾン流﹂? ブルー・オリジン、突如大型ロケットを発表‥2016年9月29日 参照)。
確かにスペースXは危ない橋を渡り続けている。しかしその橋は徐々に、未来につながるものになりつつある。
松浦さん、お待ちしていました。おかえりなさい、宇宙の世界へ。
本連載が長期間休載した背景をお知りになりたい方は、こちらへ。
︵担当編集Y︶
■変更履歴
本文3ページで当初﹁ロシアのみが、静止衛星の静止軌道直接投入を実施していた﹂としていましたが、読者の方から﹁米国は軍事衛星の静止軌道直接投入を行っている﹂との御指摘をいただきました。また、4ページの﹁基盤﹂は﹁基板﹂の誤りでした。お詫びして訂正致します。 [2018/02/11 12:00]
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