前回扱ったMakeblockは、シリコンバレーの投資会社HAXの出身だ。HAXはアクセラレータという形式の投資会社だ。﹁伸びそうなアイデアを持った若手起業家に起業資金を出資し、起業の仕方や社会での生き残り方を伝え、会社を成長させることで投資資金を回収する﹂という投資ビジネスをしている。このアクセラレータという投資モデルが﹁シリコンバレーや深圳では、これまでにない変わったビジネスが多く生まれてくる﹂マスイノベーションを生む要因の一つになっている。
![2014年にHAXを訪ねたとき。パートナーのベンジャミンがプレゼンしてくれた。彼らはその後2017年までに深圳内で2回引っ越し、今では数倍のスペースになっている (写真:野尻 抱介)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/report/16/030900211/032200002/1.jpg?__scale=w:500,h:375&_sh=05205502d0)
2014年にHAXを訪ねたとき。パートナーのベンジャミンがプレゼンしてくれた。彼らはその後2017年までに深圳内で2回引っ越し、今では数倍のスペースになっている (写真:野尻 抱介)
僕はHAXのシリルやベンジャミンといった創業者たちと、「なんであんなスタートアップ選んだの?」みたいな話をしたことがある。彼らは「タカス、当たる確信のあるアイデアがあるなら、支援サービスをするのではなくて、自分たちで起業するよ」と返してきた。
もちろん彼らも商売だから、彼らの発表している資料にはポジティブな事ばかり書いてあり、まるでHAXから投資されれば必ず成功するように読める。でも、資料にない大前提として彼らはベンチャー投資家だ。ベンチャー投資家とは、﹁いまないビジネス﹂に投資する人たちだ。
創業者シリル・エバースワイラーは、﹁投資は直感に基づいている。起業する前のベンチャーは、数値や客観的データで価値が計れるわけがない﹂とフォーブスのインタビューに答えている。そういう直感ベースの投資は、当たりはずれはもちろんあるが、当たるととにかく大きい。みんなの思惑が外れたときにこそ世界が変わる。天動説と地動説のようなもので、他の誰も賛成しないアイデアには価値がある。
面白い人、変わったことを始める人はけっこう世界中にいるけど、前例のない、予測のつかないことに出資するのは難しい。ベンチャービジネスは多くが失敗する。誰でも失敗するのはいやだ。そこにお金を突っ込んでパーにしちゃった担当者になるのも嫌だ。なので多くの投資会社が﹁投資するかどうか﹂はなるべく責任を分散するように会議を開いて決めようとする。
合議制にするとホームランが生まれない
ただ、そうやって集団で投資しようとすると、例えば﹁役員会全員が承諾して出資﹂する際の決定権者はみんな60代だったりする。何十人もの60代がたいして長くもない会議でOKできそうなアイデアが、世界を驚かせる新ビジネスであることはない。たいていは﹁アメリカで流行っているから日本でも﹂﹁最近話題のXX﹂みたいな、流行りにのったものや今のビジネスの焼き直しだ。
﹁間違いなく当たる﹂ものばかり探していると、今の流行りをあとから追いかけるものばかりになる。HAXなどのアクセラレータは違う。こういう投資集団は、なくなってもかまわないような少額の投資︵数百万円とか︶を、あまり前例のないビジネスに投資する。当然、見たことのないビジネスなので失敗の可能性が高いが、世の中に例がないものがうまく大ヒットしたら、見返りは大きい。
中国の投資家がシリルやベンジャミンのように考えているかはわからないが、過熱気味の景気の中で深圳では目新しいサービスがどんどん走り出している。
![深圳・南山区軟件産業基地のビル前にあるネームプレート。これだけ大量の投資会社が一つの場所に集まっている (写真提供:伊藤 亜聖)](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/report/16/030900211/032200002/2.jpg?__scale=w:500,h:384&_sh=0d50b30ef0)
深圳・南山区軟件産業基地のビル前にあるネームプレート。これだけ大量の投資会社が一つの場所に集まっている (写真提供:伊藤 亜聖)
今のシリコンバレーや深圳には多くの﹁シードアクセラレータ﹂﹁エンジェル投資家﹂﹁インキュベータ﹂といわれる投資家たちがいる。この深圳の投資家ビルの写真でも﹁孵化器﹂﹁加速器﹂という名前がいくつも見つかる。﹁孵化器﹂はビジネスになる︵起業する︶段階まで行っていない面白いアイデアを一緒に考えてビジネスになる形まで助ける組織、加速器は立ち上げて大きくする段階をサポートする。
たとえばAirBnbやDropboxといった日経BPの読者なら知っているであろうサービスは、どちらもシリコンバレーのYコンビネータというアクセラレータの出資を受けている。個別の投資の詳細は公表されていないが、立ち上げ時に対象会社の株式の5〜6%を受け取るのと引き換えに数百万円を出資するのがYコンビネータのよくある投資モデルで、まだ未上場とはいえ時価総額300億ドルとも1000億ドルとも言われるAirBnbにこの段階で投資できただけで、ほかの投資が何件コケても全部取り返しておつりが来るだろう。
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社会運動(ムーブメント)の起こし方
シリコンバレーや深圳では、これまでなかったような新しいビジネスが続々出てくるというのは本当だ。そしてそれは、﹁変わったことを思いつく﹂というアイデアが大事だ、と語られることが多い。
実際は、アイデアと同じぐらい﹁そこに出資して、大きくなるために一緒に走る﹂人たちが重要だ。以下の、TEDで一番有名なプレゼンの一つ、﹁ムーブメントの起こし方﹂のように、最初にヘンな事を始めるリーダーがいたときに、そこに乗っかってくる数名が同じぐらい大事なのだ。次に数十名が乗ってきて、数百名が乗ってきて、気がつくと﹁みんながやっているから乗ってくる﹂人まで出てきてムーブメントになる。
TEDでもっとも有名なプレゼンの一つ「ムーブメントの起こし方」
会社でいうと、変わったアイデアを持った人が始め、そこに最初にJoinするのが共同創業者だ。アイデアに他人を巻き込むのはむしろ2人目の人であることが多い。Appleなら、スティーブ・ウォズニアックがはじめたアイデアに最初にJoinしたのがジョブズだ。そして、﹁これを実現化するために、数カ月フルタイムで自分たちの時間を使いたいな﹂と思ったときに、その数カ月を買うためのお金を出す人たちが次の踊る人。今回紹介したアクセラレータたちだ。
そんな﹁踊る人﹂たちがいてはじめて、﹁お!何か変わった面白いことがある。自分も参加しよう﹂というアーリーアダプターを引きつける。Kickstarterとかでお金を出すのはそういう人たちだろう。さらに成長すると﹁みんながやっているから自分もやろう﹂という人たちを引きつけ、社会全体を巻き込むことができる。参加してないことがむしろリスクになり、遅れていると馬鹿にされる。ムーブメントの誕生だ。
シリコンバレーや深圳はそういう将来がわからない人に、最初の種銭を出資してくれる人が多いので、起業や新サービスの聖地になっている。
投資モデルは﹁うまくいきそうなところに後から乗る﹂形から、﹁うまくいくかわからないものに少額の投資をたくさん行い、どれかが当たる﹂という形に変わりつつある。﹁選択と集中﹂とは真逆の方向性だ。
特にハードウェアでは深圳独特のプロトタイプや小ロット生産を可能にするコストや知財の構造が、﹁小さいイノベーションをたくさん起こす﹂マスイノベーションを助けている。次回はその深圳独自のエコシステムを紹介する。
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