最近、日教組に一泡吹かせた、と元気なせと弘幸氏。ぜり幸、などというあだ名まで頂いてしまっているのは、もちろん、黒的九月さんやvanacoralさんらが書いていらっしゃるとおり、﹁ナノゼリー﹂なるものを自分のブログで宣伝しまくったためである。これには、信者?連中にも不評だったみたいで、散々叩かれた挙げ句、別ブログを立てるハメになったようだが、あまり懲りてはいないようだ。
もちろん、薬事法に触れるような宣伝は論外だが、ナノゼリー云々に関しては、付けられるクレームに対して若干の同情を禁じ得ない。
なぜか、という点を説明しつつ、せと氏をちょっとだけ弁護してみよう。
さて、ナノゼリーでも唱われる、﹁ナノテクノロジー﹂とは何であろうか。 ナノテクノロジー、という言葉を最初に提唱したのは、東京理科大の谷口紀男氏、という事になっている。ただ、氏は機械工学の研究者であり、機械加工精度の向上により﹁ナノスケールの加工が可能になる﹂事を予言し、これをナノテクノロジーと呼んだ。実は、これは﹁ナノテクノロジー﹂の一部しか捉えていない。ナノテクノロジーの概念を最初に提唱したのは、リチャード・ファインマンで、講演の中で﹁原子︵分子︶を一つずつ操作する時代﹂を予言している。ただ、これは思考実験のレベルに留まったものである。最もナノテクノロジーの本質に迫り、その概念を提唱したのがドレクスラーである。彼は著書﹁創造する機械﹂の中で﹁ナノアセンブラー﹂なる“分子機械”を提唱した。それは分子レベルでの操作が可能な﹁機械﹂であり、それ自身を造り出す=増殖、する機能を備えているため、日常のあらゆるものを分子レベルから組み上げて作り出す。産業を一変させる存在、として予言した。
実は、この﹁ナノ・アセンブラー﹂は実在する。酵素と核酸︵DNA,RNA︶の組み合わせがそれである。増殖し、物質の化学変化を司る。ドレクスラーの分子機械とは、生物の細胞内の働き、微生物そのものである。生物の機能を真似する事は生物模倣︵バイオ・ミミクリー︶と呼ばれ、ナノテクノロジーに限らず、あちこちで利用されている。
ファインマンもドレクスラーも、しかし、﹁ナノテクノロジー﹂の本質には迫れなかった。ナノテクノロジーの重要な特徴、それは次の二つである。 ・原子︵分子︶と﹁固体﹂の間の性質を生み出す ・界面効果を生み出す
ちょっと説明しよう。
複雑な話は大幅に省くが、原子︵分子︶が﹁物質﹂を構成するには、ある程度数多く集まっていなくてはならない。ざっと数百個ほどは集まっていないと元素の特性から外れる事になる。原子間間隔は数オングストローム︵0.1ナノメートル︶であり、数百個の集まりはちょうど“ナノメートル”のスケールに収まる。そのために、物質をナノサイズにすることで﹁固体﹂では発現し得ない性質を持つ可能性があるのだ。その性質を発現させ制御することがナノテクノロジーの大きな目的の一つである。
例としては、磁性があげられるだろう。鉄やニッケルなどの強磁性体は、磁区と呼ばれる小さな磁石のようなものからなっている。この磁区は普段はバラバラな方向を向いているのだが、外部から磁場を加える事で大体同じ方向を向くようになる。この状態で固定したものが永久磁石だ。この磁区のサイズはナノメートルサイズであり、それより小さな磁区を作る事は出来ない。従って、磁性材料でもナノサイズの粉末に砕くと磁性を持たなくなる。 また、現在、ハードディスクの容量増大が著しいが、記憶媒体の信号は磁区より小さなサイズには書き込めないため、より小さな磁区を持つ材料を作り出さなくてはならない。それにも限界が出てくる。だが、逆に磁性材料の薄膜︵ナノサイズの厚さ︶では、TMR︵トンネル磁気抵抗︶のような性質も現れてくる。様々な知られない性質の現れる未知の領域なのである。
もう一つの特徴、物質には表面と内部が存在する。表面と内部の性質は異なっていて、表面ならではの現象は﹁界面効果﹂と呼ばれる。例えば、触媒の効果は表面が担っていて表面積が大きいほど効果が大きい。また、表面が汚れると効果が失われる*1。表面は他の環境と接している事がそうした性質を生み出す。したがって、表面︵界面︶の性質を巧く利用することが研究されてきたのだが、ナノサイズでは表面の及ぼす性質が大きくなるのである。
原子が1兆集まった立方体を考えてみよう。各辺に並ぶ原子は1万個︵数ミクロン︶になる。表面を構成する原子は全体のおよそ1万分の6になる。 では、原子が100万集まった立方体はどうか。各辺に並ぶ原子は100個︵数十ナノメートル︶。表面を構成する原子は全体のおよそ100分の6。 原子が1000個ではどうか。各辺の原子は10個︵数ナノメートル︶。表面原子は全体の10分の6。 表面の性質が大きく増え、数ナノメートルでは表面の性質の方が内部の性質より大きくなるのである。同じ触媒でも、微小な粉末にするほど表面積の比率が上がり、性能が高くなる。 細かな粒子だけではなく、薄膜化でも同様であり、ナノテクノロジーでは粒子や薄膜の研究が盛んなのはこのためだ。
さて、こうして見てくると、ナノテクノロジー、と呼ぶ事の出来る状況は、最低でも数十ナノメートル程度以下でなければならない事が判る。単に小さくするだけではダメで、特異な性質を付加できるサイズと特徴を持っていなければ、厳密な意味ではナノテクノロジーでは無いのだ。
当然、せと氏のいう“ナノゼリー”もナノテクノロジーとしての性質など無い。だから、批難は当然なのだが、実は、世の中のナノテクノロジーを唱う数々の研究もどっこいどっこいなのである。サイズが小さいだけであったり、ナノスケールならではの性質など見込めなかったりするものがほとんどである。 では、なぜナノ〜、を名乗っているのか、といえば、受けが良いから。 以前、学会のシンポジウムで﹁ナノ〜﹂というような発表をしながら、 ﹁実際にはナノってほどじゃないんですが、研究タイトルにそう付けると補助金が通りやすいんで。﹂ と自嘲気味に告白する人がたくさんいた。 文科省や経産省の役人には実際の研究がどのようなものか、正確なところは理解できない事が多い。 で、キャッチーな研究名を付けるなら、﹁ナノ〜﹂となるわけだ。一般製品などでも﹁ナノ〜﹂を唱った製品は数多くあるが、確実にナノテクノロジーと呼べる代物は僅かでしかない。
そうして考えると、せと弘幸氏のナノゼリーと大差無い。彼が責められるのを見ると、若干、後ろめたさを感じるのであった。
というわけで、宣伝。 今週より東京国際展示場にて﹁国際ナノテクノロジー総合展 nano tech2008﹂が開催されます。ナノテクの何たるか、を見たい方は行ってみる事をお薦めします。
公式HP http://www.ics-inc.co.jp/nanotech/
さて、ナノゼリーでも唱われる、﹁ナノテクノロジー﹂とは何であろうか。 ナノテクノロジー、という言葉を最初に提唱したのは、東京理科大の谷口紀男氏、という事になっている。ただ、氏は機械工学の研究者であり、機械加工精度の向上により﹁ナノスケールの加工が可能になる﹂事を予言し、これをナノテクノロジーと呼んだ。実は、これは﹁ナノテクノロジー﹂の一部しか捉えていない。ナノテクノロジーの概念を最初に提唱したのは、リチャード・ファインマンで、講演の中で﹁原子︵分子︶を一つずつ操作する時代﹂を予言している。ただ、これは思考実験のレベルに留まったものである。最もナノテクノロジーの本質に迫り、その概念を提唱したのがドレクスラーである。彼は著書﹁創造する機械﹂の中で﹁ナノアセンブラー﹂なる“分子機械”を提唱した。それは分子レベルでの操作が可能な﹁機械﹂であり、それ自身を造り出す=増殖、する機能を備えているため、日常のあらゆるものを分子レベルから組み上げて作り出す。産業を一変させる存在、として予言した。
実は、この﹁ナノ・アセンブラー﹂は実在する。酵素と核酸︵DNA,RNA︶の組み合わせがそれである。増殖し、物質の化学変化を司る。ドレクスラーの分子機械とは、生物の細胞内の働き、微生物そのものである。生物の機能を真似する事は生物模倣︵バイオ・ミミクリー︶と呼ばれ、ナノテクノロジーに限らず、あちこちで利用されている。
ファインマンもドレクスラーも、しかし、﹁ナノテクノロジー﹂の本質には迫れなかった。ナノテクノロジーの重要な特徴、それは次の二つである。 ・原子︵分子︶と﹁固体﹂の間の性質を生み出す ・界面効果を生み出す
ちょっと説明しよう。
複雑な話は大幅に省くが、原子︵分子︶が﹁物質﹂を構成するには、ある程度数多く集まっていなくてはならない。ざっと数百個ほどは集まっていないと元素の特性から外れる事になる。原子間間隔は数オングストローム︵0.1ナノメートル︶であり、数百個の集まりはちょうど“ナノメートル”のスケールに収まる。そのために、物質をナノサイズにすることで﹁固体﹂では発現し得ない性質を持つ可能性があるのだ。その性質を発現させ制御することがナノテクノロジーの大きな目的の一つである。
例としては、磁性があげられるだろう。鉄やニッケルなどの強磁性体は、磁区と呼ばれる小さな磁石のようなものからなっている。この磁区は普段はバラバラな方向を向いているのだが、外部から磁場を加える事で大体同じ方向を向くようになる。この状態で固定したものが永久磁石だ。この磁区のサイズはナノメートルサイズであり、それより小さな磁区を作る事は出来ない。従って、磁性材料でもナノサイズの粉末に砕くと磁性を持たなくなる。 また、現在、ハードディスクの容量増大が著しいが、記憶媒体の信号は磁区より小さなサイズには書き込めないため、より小さな磁区を持つ材料を作り出さなくてはならない。それにも限界が出てくる。だが、逆に磁性材料の薄膜︵ナノサイズの厚さ︶では、TMR︵トンネル磁気抵抗︶のような性質も現れてくる。様々な知られない性質の現れる未知の領域なのである。
もう一つの特徴、物質には表面と内部が存在する。表面と内部の性質は異なっていて、表面ならではの現象は﹁界面効果﹂と呼ばれる。例えば、触媒の効果は表面が担っていて表面積が大きいほど効果が大きい。また、表面が汚れると効果が失われる*1。表面は他の環境と接している事がそうした性質を生み出す。したがって、表面︵界面︶の性質を巧く利用することが研究されてきたのだが、ナノサイズでは表面の及ぼす性質が大きくなるのである。
原子が1兆集まった立方体を考えてみよう。各辺に並ぶ原子は1万個︵数ミクロン︶になる。表面を構成する原子は全体のおよそ1万分の6になる。 では、原子が100万集まった立方体はどうか。各辺に並ぶ原子は100個︵数十ナノメートル︶。表面を構成する原子は全体のおよそ100分の6。 原子が1000個ではどうか。各辺の原子は10個︵数ナノメートル︶。表面原子は全体の10分の6。 表面の性質が大きく増え、数ナノメートルでは表面の性質の方が内部の性質より大きくなるのである。同じ触媒でも、微小な粉末にするほど表面積の比率が上がり、性能が高くなる。 細かな粒子だけではなく、薄膜化でも同様であり、ナノテクノロジーでは粒子や薄膜の研究が盛んなのはこのためだ。
さて、こうして見てくると、ナノテクノロジー、と呼ぶ事の出来る状況は、最低でも数十ナノメートル程度以下でなければならない事が判る。単に小さくするだけではダメで、特異な性質を付加できるサイズと特徴を持っていなければ、厳密な意味ではナノテクノロジーでは無いのだ。
当然、せと氏のいう“ナノゼリー”もナノテクノロジーとしての性質など無い。だから、批難は当然なのだが、実は、世の中のナノテクノロジーを唱う数々の研究もどっこいどっこいなのである。サイズが小さいだけであったり、ナノスケールならではの性質など見込めなかったりするものがほとんどである。 では、なぜナノ〜、を名乗っているのか、といえば、受けが良いから。 以前、学会のシンポジウムで﹁ナノ〜﹂というような発表をしながら、 ﹁実際にはナノってほどじゃないんですが、研究タイトルにそう付けると補助金が通りやすいんで。﹂ と自嘲気味に告白する人がたくさんいた。 文科省や経産省の役人には実際の研究がどのようなものか、正確なところは理解できない事が多い。 で、キャッチーな研究名を付けるなら、﹁ナノ〜﹂となるわけだ。一般製品などでも﹁ナノ〜﹂を唱った製品は数多くあるが、確実にナノテクノロジーと呼べる代物は僅かでしかない。
そうして考えると、せと弘幸氏のナノゼリーと大差無い。彼が責められるのを見ると、若干、後ろめたさを感じるのであった。
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*1:触媒被毒、失活という