さて、前編で*1、﹁被告各製品がいずれも施行令1条2項3号の特定機器に該当する﹂という結論︵小括︶まで見たところで、問題の﹁争点2﹂に移る。
﹁法104条の5の協力義務としての私的録画補償金相当額支払額の有無について﹂
がここでは争点となっているのだが、裁判所がここで示した判断は、自分が予想していた解釈を遥かに超えるものであった。
東京地判平成22年12月27日(H21(ワ)第40387号)*2
自分も、これまでのエントリーの中で﹁協力義務﹂を課しているものに過ぎない著作権法104条の5の規定を、SARVH側が過大評価しているのではないか、ということを再三指摘してきた。
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20091103/1257267467
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20091009/1255268806
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20090511/1242057836
ただ、それは、﹁当該私的録音録画補償金の支払の請求及びその受領に関し協力しなければならない。﹂という法104条の5から、製造業者の補償金支払義務が直ちに認められるわけではない、という限度での解釈にとどまっており、それ以上の解釈まで想定していたわけではない。
製造業者も﹁協力義務﹂という法的義務を負うが、SARVH側が、﹁協力義務違反﹂と自らに生じた﹁損害﹂との因果関係を立証することは難しい*3、ゆえにSARVHの請求は認められない、というのがせいぜいの解釈だった。
だが、裁判所は、そんな解釈は甘っちろい、と言わんばかりの判決を書いている。
﹁しかるところ,﹁協力﹂という用語は,一般に,﹁ある目的のために心を合わせて努力すること。﹂︵広辞苑第六版︶などを意味するものであり,抽象的で,広範な内容を包含し得る用語であって,当該用語自体から,特定の具体的な行為を想定することができるものとはいえない。また,法104条の5においては,﹁協力﹂の文言について,﹁当該私的録音録画補償金の支払の請求及びその受領に関し﹂との限定が付されてはいるものの,﹁協力﹂という用語自体が抽象的であることから,上記の限定によっても,﹁当該私的録音録画補償金の支払の請求及びその受領に関し﹂てしなければならない﹁協力﹂の具体的な行為ないし内容が文言上特定されているものとはいえない。さらに,法104条5と関連する法第5章のその他の規定をみても,法104条5の﹁協力﹂の内容を具体的に特定する旨の規定は見当たらない。﹂
﹁このように,法104条の5においては,特定機器の製造業者等において﹁しなければならない﹂ものとされる行為が,具的的に特定して規定されていないのであるから,同条の規定をもって,特定機器の製造業者等に対し,原告が主張するような具体的な行為︵すなわち,特定機器の販売価格に私的録画補償金相当額を上乗せして出荷し,利用者から当該補償金を徴収して,原告に対し当該補償金相当額の金銭を納付すること︵以下﹁上乗せ徴収・納付﹂という。︶︶を行うべき法律上の義務を課したものと解することは困難というほかなく,法的強制力を伴わない抽象的な義務としての協力義務を課したものにすぎないと解するのが相当である。そして,このような解釈は,法104条の5の文言において,あえて﹁協力﹂という抽象的な文言を用いることとした立法者の意思にも適合するものといえる。すなわち,仮に立法者において原告が主張するように特定機器の販売価格に私的録画補償金相当額を上乗せして出荷し,利用者から当該補償金を徴収して,指定管理団体に対し,当該補償金相当額の金銭を納付することを特定機器の製造業者等に法律上義務づける意思があったのであれば,そのような具体的な作為義務の内容を特定して規定すれば足りたのであり,かつ,そのような規定とすることが立法技術上困難であるともいえないのに,そのような規定とすることなく,あえて﹁協力﹂という抽象的な文言を用いるにとどまったということは,特段の事情がない限り,立法者には,上記のような法律上の具体的な作為義務を課す意思がなかったことを示すものということができる。﹂︵78-79頁︶
つまり、裁判所は、法104条の5という条項における﹁協力﹂という文言の国語的抽象性を根拠に、同条項が﹁法的強制力を有する規範である﹂というこれまでの実務の前提を根本から否定したのである。
原告側は、立法経緯や、平成4年法改正後、専ら製造業者が補償金を支払っていたという運用等を、製造業者の協力義務が﹁具体的な義務﹂であることの根拠として主張していたのであるが、裁判所は、
﹁法案担当者や特定機器の製造業者を含む関係者らが製造業者等の﹁協力﹂の内容として上乗せ徴収・納付を具体的に想定し,現にこれを実践してきたという事実が認められるからといって,そのことから直ちに,法104条の5の規定が特定機器の製造業者等に上記行為をなすべき法律上の具体的な義務を課したものであるとの解釈が導き出されるものではない。すなわち,立法者としては,私的録音録画補償金制度の実際の運用において,特定機器の製造業者等に上乗せ徴収・納付を行わせるという仕組みを想定するにしても,そのために行う具体的な立法に当たっては,製造業者等に法律上の具体的な作為義務を課すという方法を採ることもあれば,そこまでの義務を課すことはせずに,法的強制力の伴わない抽象的な義務としての協力義務を負わせるにとどめ,製造業者等による任意の履行に委ねるという方法を採ることもあり得るのであって,この点は,立法者がいかなる立法政策を採用するかによって定まる問題である。﹂
﹁しかるところ,前記(1)で述べたとおり,法104条の5の規定が,具体的な作為義務の内容を特定して規定することなく,あえて﹁協力﹂という抽象的な文言を用いるにとどまっていることからすれば,立法者としては,法104条の5において,製造業者等に上乗せ徴収・納付を行うべき法律上の具体的な義務を課すことまではせずに,法的強制力の伴わない抽象的な義務としての協力義務を負わせるにとどめるという立法政策を採用したものと解するのが相当というべきである。﹂︵83-84頁︶
と﹁事実上の運用﹂の存在を法解釈に反映する、という道を閉ざし、さらに原告が引用した立法資料についても、
﹁このように断片的で,かつ,その内容も具体性を欠く面のある報告書上の記載や国会答弁をもって,法104条の5の解釈の根拠となる立法者等の意思であるものということはできず,少なくとも,前述のとおり,法104条の5の文言自体に最も端的に示されているというべき立法者の意思を覆すような事情たり得ないといわざるを得ない。﹂︵85頁︶
と、﹁条文の文言そのものから読み取れる立法者意思﹂を塗り替えるようなものではない、と判断した。
また、メーカーの協力が﹁制度の核﹂であることを強調した原告の主張についても*4、﹁制度として望ましい在り方を述べているにすぎ﹂ない︵84頁︶としているし、文言に依拠しようとした解釈については、﹁文理からかけ離れた解釈といわざるを得ない﹂とけんもほろろ・・・。
他にも、原告は法104条の6第3項の規定︵指定管理団体が製造業者等の意見を代表すると認められるものの意見を聴く、という規定︶や、JEITAとの協定の存在、そして最後はベルヌ条約まで持ち出して戦っていたのであるが、すべて退けられている。
かくして、﹁法的強制力を伴う義務﹂を負わない被告に不法行為責任等は生じない、という結論になり、原告は一敗地にまみれることになった。
本判決のインパクト
今回の判決において、上記のようなインパクトのある﹁協力義務﹂の解釈が示されたのは、ほぼ同旨の主張を展開した被告側の力によるところが大きかったのは事実であろう。
だが、今回被告側に付いた中山信弘東大名誉教授ですら、﹁違反に対するサンクションがない﹂ということを越えて、ここまで大胆な解釈は示していなかったことを考えると*5、今回の判決のハレーションはかなり大きいと思われる。
当初の目論見は大きく外しつつも、予定外︵?︶の争点で反撃に成功して勝ち残ったのが製造業者。 一方、負けて平成4年以降積み上げてきたものすべてを失ったのは指定管理団体*6。 勝って喜んで良いはずのメーカーの担当者も、本音では、これまで﹁協力義務としての補償金支払義務が存在する﹂という前提の下で長年続いてきた実務を全否定するような今回の判決を手放しで喜べない、という状況なのかもしれない*7 今後、﹁協力する法的義務はない﹂という判断が定着すれば、製品価格に補償金を上乗せする、という従来のやり方に異を唱えるエンドユーザーが出ないとも限らないのだから・・・*8。 自分としては、そういったリスクを勘案してもなお、今回の判断の意義は大きい、と考えるものであるが、まずは、当然に予想される本件の第2ラウンドの結果を見守ることにしたいと思う。
当初の目論見は大きく外しつつも、予定外︵?︶の争点で反撃に成功して勝ち残ったのが製造業者。 一方、負けて平成4年以降積み上げてきたものすべてを失ったのは指定管理団体*6。 勝って喜んで良いはずのメーカーの担当者も、本音では、これまで﹁協力義務としての補償金支払義務が存在する﹂という前提の下で長年続いてきた実務を全否定するような今回の判決を手放しで喜べない、という状況なのかもしれない*7 今後、﹁協力する法的義務はない﹂という判断が定着すれば、製品価格に補償金を上乗せする、という従来のやり方に異を唱えるエンドユーザーが出ないとも限らないのだから・・・*8。 自分としては、そういったリスクを勘案してもなお、今回の判断の意義は大きい、と考えるものであるが、まずは、当然に予想される本件の第2ラウンドの結果を見守ることにしたいと思う。
*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110111/1294680786
*2:民事第46部・大鷹一郎裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110106181237.pdf
*3:購入した者に直接請求すること自体は何ら妨げられていないのだから・・・。
*4:この主張は、﹁一括支払制度を採用した法の趣旨﹂から、﹁製造業者の協力義務違反を理由に製造業者に対して端的に非協力の機器、媒体数に応じた補償金の額に相当する額を損害賠償として請求しうると解すべき﹂とする田村善之教授のご見解︵田村善之﹃著作権法[第2版]﹄︵有斐閣、2001年︶137-138頁︶とも親和性があるように思う。
*5:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20091009/1255268806参照。
*6:もっとも慎重な日本のメーカーのこと。今回勝訴したから、とはいっても、知財高裁、最高裁で逆転判決が出る可能性が残されている以上、すべての機器について録音録画補償金の支払いを停止する、という大胆な方針転換に出ることはちょっと考えにくい。
*7:提訴された直後の平成21年11月に出された東芝のプレスリリースも、そのあたりの微妙な空気を反映しているように見える︵http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20091111/1258252877︶。
*8:矛先がメーカーに向くことだって十分に考えられる。