奴らの愛国は悪い愛国。
また憂鬱なアイコクの季節がめぐってきた。
05年の﹁反日デモ﹂以来か。もっとひどいことになりそうな気配もある。
ネットは言うまでもなく、新聞や雑誌は、連日、韓国たたきに熱くなっている︵なぜか中国たたきは少ないね︶。どっかの会社は韓国からのゴルフボールの輸入を停止したそうだ。会社のイメージ悪化が怖いと。つまり日本アイコク者の攻撃が怖いということだろう。
ところが8月20日、読売の夕刊を読んでいたら、なんと﹁愛国心﹂を批判し始めたので驚いた。
﹁愛国心―自分の名声を明るく輝かしいものにしたい野心を持った者が、たいまつを近づけると、じきに燃え出す可燃性の屑物。愛国者―部分の利害のほうが全体のそれよりも大事だと考えているらしい人。政治家に手もなくだまされるお人好し。征服者のお先棒をかつぐ人﹂
﹁征服者のお先棒﹂とは侵略戦争の旗振りという意味だろう。ビアスの﹁悪魔の辞典﹂からの引用だ。なかなかいいことを言うなあと思って読み進めたが…なんのことはない。韓国や中国の﹁誤った愛国心﹂を批判しているのだった。文章の末尾で﹁日本も同レベルで皮肉られないようにしたい﹂などとリベラルぶったことを付け足しているが、なにをいまさら、である。
ぼくも、読売にならって﹁悪魔の辞典﹂風な箴言をひとつ。
﹁愛国心には二種類ある。我が国の人が叫ぶ正しい愛国と、外国の奴らがわめく悪い愛国﹂。
コンビニに行ったら、週刊朝日の表紙が飛び込んできた。
﹁愛国という名のエゴを許すな!﹂というキャッチコピー。
往時は﹁アカイアカイアサヒ﹂とうたわれた朝日新聞社が発行する週刊誌だ。まさか読売と同レベルじゃないだろう。少なくとも、外国のアイコクを批判する刀で日本のナショナリズムを批判する、﹁奴隷の言葉﹂を使った批判くらいはしてくれることだろう―。
甘かった。
標題の特集記事は、全編これアイコクの嵐。﹁ゴリ押し生む国民性の原点は﹂という在特会と見まがうレイシスト的な見出しもある。ひどいなと思いつつ、まあ見出しは適当につけるものだし、などと思って本文を読んだら、本文はもっとすごかった。高麗時代にさかのぼって韓国人の﹁国民性﹂を分析し、﹁それが自分たちの正義が世界のルールに先んじるという考え方ならば、﹃愛国﹄を通り越して﹃独善的﹄なエゴでしかない﹂と息巻いている。﹁国民性﹂を﹁エゴ﹂と決め付けているのだから、もはやモノホンのレイシズムだ。標題の﹁愛国という名のエゴ﹂とは、韓国人のアイコクを指していたわけだ。
﹁日本の体操選手のユニフォームが旭日旗に似ているからメダルを剥奪すべきだ、という言いがかりに等しい主張をしてくる始末﹂という一文もあるが、その言いがかりに等しい主張をしたのが韓国政府なのか、スポーツ団体なのか、ネットの書き込みなのか、その主語さえも示されていないほど鼻息荒くアイコクを高揚させている。
極めつけは、海上保安庁の映像をマン喫から流出させて英雄となったSENGOKU38︵一色正春さん︶のコメント︵1P使って掲載︶。タイトルが﹁日本は中国の自治州となるのか﹂。
日本列島は、アメリカがもっとも重視する西太平洋上の属州だ。それを中国がどうやって奪うのだろう。荒唐無稽にもほどがある。
週刊朝日がこれほどのアイコクを見せてくれるとは。先のゴルフボール輸入業者と同様、﹁アカイ﹂とか﹁反日﹂とか言われるのが恐ろしいのはわかるが、過剰適応にもほどがある。そういえば朝日夕刊の﹁素粒子﹂欄でも、読売とそっくりなテイストの﹁奴らのアイコク﹂批判をやってたっけ。
この10年で日本のアイコク批判はタブーとなった。もちろん従軍慰安婦問題を始めとする歴史の清算問題はもっとタブーだ。李明博が8月15日の光復節演説で従軍慰安婦問題を提起した、というニュースが流れても、メディアは﹁従軍慰安婦問題ってなに?﹂という読者の当然の疑問にはだんまりだ︵SAPIOと産経以外は︶。
アカイ朝日や冷静なリアリスト保守を任じる読売は、産経のように素直に熱くアイコクを叫ぶことはせず、代わりに他国のアイコクを批判してみせる。なるほど、これなら日本のアイコク勢力ににらまれることもなく、しかも﹁アイコク批判﹂というポーズによって、リベラルで頭よさげな顔を保つことができる。高学歴で勉強のできる人々が考えそうなことだ。仮に戦争が始まっても、リベラリストのままでいられるに違いない。﹁アイコクに凝り固まった敵を鎮圧せよ!﹂と。慶賀の至りである。
それでもやはり、他国のアイコクを、日本語で、日本国内で、日本人相手に高らかに批判してみせるというのはみっともないことこの上ないのではないか。
首都の行政トップがパンダの名前がどうのこうのとガキじみた調子で煽動しながら﹁領土を守れ﹂という募金運動をして、それが10億円も集まったのは、どこの国だったか。今回の騒動の直前ではなかったか。また、慰安婦制度被害者に対する国家としての誠実な対応が、アメリカ、オランダ、韓国、台湾、カナダといった国々の議会から求められるようになって何年になるだろうか。
李明博のリアンクール岩礁訪問と、東シナ海の島嶼群への香港の民主派活動家の上陸からすべてのストーリーが始まったわけではないのだ。
自国のアイコクには目をつぶって他国のアイコクを批判する。これは相当にかっこ悪い。無人島がいくつか日本国家の持ち物になることがうれしい人もいるのかもしれないが、日本が良識も品性も知性も失ったアイコクの国になり下がるのなら、ぼくは何にもうれしくない。
ぼくは日本人として、妙な相対化をせずに、日本のアイコクを批判したいと思う。